追悼文集

「子供の情景」について思うこと

 

 渡邉恵美子


この曲は13の小さい曲が集まっていて、特集といった感じの曲です。最初に私がこの曲に接したのは、女学校4年頃だったと思います。約20年前になります。ある目的のもとに、相当丹念に先生に教えて頂きましたが、その頃の私にはそれ程この曲の価値が理解できなかったのは不思議もありません。それから数年後、他のシューマンの曲もいくらか知り、またシューマンについてもひそかに伝記や、彼の著書「音楽および音楽家についての理論集」等をドイツ語辞典と首っ引きでむさぼり読んで、いくらか彼の個性、内容また音楽家としての特殊性や価値を理解してから、再びこの曲に接した時、はじめていくらかほんとの味が分かったような気がしました。それからさらに十数年たって、この頃ある生徒に私は一生懸命この曲を教えています。そして、なお一層自分がこの曲を理解できつつあることを感じます。

この曲は「カルナヴァル」や「幻想曲」や「交響練習曲」に比しては、演奏上のテクニックも比べものにならない位やさしく、また派手でもありません。しかし永年味わえば味わうほど、味の出てくる曲です。7番目の「トロイメライ」が格別有名ですが、私は第1番の「異国から」も4番の「おねだり」、5番の「有頂天」、8番の「爐辺」、9番の「竹馬」、10番の「大まじめ」、11番の「お化けが来るぞ」、12番の「おねむ」、13番の「詩人は語る」こうしてみると全部、一つ一つが何と特殊な詩と美しさに満ちた曲ばかりでしょう。

どなたも最初から圧倒されて、耳について、という風に夢中になれるという曲ではありません。しかし永年味わってごらんください。小さな曲一つ一つがどんなに心の友になるかがわかりますから。―――6月15日夜


編集部注:
@ これは「楽友」第2号51年8月への寄稿文です。従って文中「約20年前」とあるのは1930年前後のことと思われます。

A 著者は09年1月13日午前2時15分に、享年93歳で他界されました。その告別式15日・於:日本福音ルーテル大岡山教会で配られた式次第に、次のご略歴が掲載されておりましたので、そのまま転載させて頂きます。

1915年大正4年6月4日、父・長与善郎と母・茂子の長女として誕生。東洋英和女学校を経て、昭和8年東京音楽学校作曲家に入学。また声楽等を橋本国彦、信時潔、クラウスプリングスハイムに、またバッハのフーガの分析を細川碧の諸先生に学ぶ。1961年声楽曲、ピアノ曲、フーガ独奏曲等のプログラムで作品発表会を行う。多くの作曲家の、主にピアノ曲の和声的分析を手掛けた。その傍ら、慶應義塾女子高等学校において、長年音楽史を主として授業を行ってきた。

1974年、長年の夢であったバッハの墓参りを果たすため、東ドイツ、ベルギーなどを一人で旅行する。

1987年1月に東京音楽社より、コラールの歩んだ道「ルターからバッハへの200年」を自費出版した。

1933年昭和8年2月26日、日本キリスト教団鳥居坂教会にて藤岡潔牧師より洗礼を受けキリスト者となる。1992年8月23日、日本福音ルーテル大岡山教会に転入し、会員となる。

B 著者は慶應義塾女子高等学校の音楽担当教諭として楽友会創立に深くかかわり、岡田忠彦先生も「楽友会50周年記念誌」で特記して「深甚な感謝」を捧げていらっしゃる楽友会の恩人のお一人です当ホームページ「記念文集」の「楽友会命名の由来」参照。分けても、全曲で約1時間40分を要するハイドンのオラトリオ「天地創造」の演奏(50年11月/於:読売ホール/クロニクル「楽友会前史4」参照)を、たったお一人のピアノ伴奏で支え、三田や日吉での練習はもとより、演奏会場でのリハーサルや本番を弾ききったご貢献には、今更ながら深く頭が下がります。しかもご家庭では病身のご主人と、まだ幼いお子様たちをかかえていらした、とのことです。

C そのお子様たちも連れて合宿に参加してくださったのが、53年8月の福島県・翁島の旧・高松宮別邸でした。これは、お子様たちも交えたスイカ割大会の後の一こまで、中央の渡邉先生愛称・ポッポちゃんを囲んで両側に令息と令嬢、そのお隣に岡田先生と故・高比良先生女子高教諭が寄り添っておられます。


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D 著者はその後バッハに傾倒し、そのコラール研究に後半生を捧げ、略歴にあるように自著も上梓されました。そのご縁で編者もコラールをご一緒に歌ったり、楽曲のアナリーゼを聞かせて頂いたりする機会に恵まれましたが、これは94年に先生のお宅で催された勉強会での一景です。先生のご尊顔はこのように晩年も天真爛漫の童顔で、いつもお優しい笑みをたたえておられました。そして、その柔和な面持ちのまま天国に旅立たれたのです。楽友会員として、心からの感謝と永遠の福楽への祈りをもってお見送りした次第です。

E ちなみに渡邉先生の厳父・長与善郎1888−1961氏は「青銅の基督岩波文庫」や「竹澤先生と云ふ人潮文庫」等の作品で知られる、著名な白樺派の作家でいらっしゃいました。


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