記念資料集Archive)

岡田先生米寿記念

「岡忠さんアルバム」

 

編 集 部


ベートーベン「第九交響曲」
1949年

1948年6月、塾高がまだ三の橋にあった頃、発起人代表、林 光、峰岸壮一(当時2年生/1期生)両氏により「音楽愛好会」が創設され岡田忠彦先生が会長に就任された。発足時は部員、10名ほどとのこと。

翌1949年8月、日響(NHK交響楽団)のサマーコンサートでベートーヴェン「第9交響曲」に参加した。後に何度も第9の演奏会に参加しているが、これが最初である。最後は、1958年慶應義塾創立100周年記念コンサートだった。


第9プログラム(↑クリックで拡大)


ハイドン「天 地 創 造」
1950年

その2年後、1950年には女子高等学校が開設された。塾高と女子高が提携して、混声合唱団が発足した。

その発足年の11月に読売ホールでコンサートが開かれ、ハイドン「天地創造」を全曲演奏した。今考えても想像を絶する。感動で息が詰まるほどだ。この話はクロニクルに詳しく書かれている。


読売ホールでの「天地創造」コンサート,1950/11/10


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当日のプログラムの表紙には、主催 慶応義塾中等部となっている。

その経緯は同じくクロニクルにあります。


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第1回発表会
1952年12月26日 YWCAホール

ハイドン「天地創造」より13番、28番

第2回発表会
1953年

フォーレ「鎮魂曲」


第2回発表会プログラム表紙(裏・表)


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このプログラムを見ると1期生から5期生の名前が並んでいる。1期生が大学2年生の時である。1期生は卒業しても岡田先生の指揮棒の下に集まり、高校から大学につながる7年制の合唱団、慶應義塾楽友会が生まれていたのだ。

慶應義塾楽友会、慶應義塾高校・女子高音楽愛好会と併記されている。

第3回発表会
1954年

フランク「荘厳彌撤曲」


第3回定期演奏会プログラム(↑クリックで拡大)


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第4回定期演奏会
1955年12月3日 日本青年館ホール

モーツアルト「戴冠式彌撤曲 K314 」

第5回定期演奏会プログラム
1956年

 ケルビーニ「鎮魂彌撤曲」

第6回定期演奏会プログラム
1957年

ドヴォルジャック「スタバート マーテル」



第7回定期演奏会
1958年7月28日 山葉ホール
(慶應義塾 100年祭の記念行事参加)

この年は岡田先生の指揮はありません

第8回〜
定期演奏会プログラム表紙

1959年〜


1959年第8回定演
フォーレ「レクイエム」

1960年第9回定演
フランク「荘厳ミサ」

1961年第10回定演
モーツアルト「レクイエム」

1962年第11回定演
モーツアルト「戴冠ミサ」


1963年第12回定演
シューベルト「変ホ長調ミサ曲」

1964年 第13回定演
フォーレ「レクイエム」

1965年第14回定演
ドヴォルザーク「スタバート マーテル」


1966年第15回定演
ハイドン「PAUKEN MESSE」


1967年第16回定演 
モーツアルト「レクイエム」

1968年第17回定演
ハイドン「テレジアミサ」



1969年第18回定演
ヘンデル「Dettiugen Te Deum」


1970年第19回定演
フォーレ「レクイエム」


1971年第20回定演
モーツアルト「レクイエム」


1972年 第21回定演
ヴィヴァルディ「GLORIA」



1973年 第22回定演
モーツアルト「Grosse Messe in Cmoll」

1974年第23回定演
フォーレ「レクイエム」


1975年第24回定演
ハイドン「パウケンメッセ」


1976年 第25回定演
カルダーラ「聖ヨハネ・ネポムークのための荘厳ミサ曲」


1977年第26回定演
モーツアルト「レクイエム」


1978年第27回定演
シューベルト「Messe 6番Es-dur 」


1979年第28回定演
モーツアルト「大ミサ曲ハ短調 Kv.427 」


1980年第29回定演
モーツァルト「レクイエム」

1981年第30回定演
ブラームス「ドイツレクイエム」

1982年第31回定演
モーツァルト「戴冠ミサ曲」KV.317


1983年第32回定演
カルダーラ「聖ヨハネ・ネポムークのための荘厳ミサ曲」

1984年第33回定演
モーツァルト「レクイエム」


1985年第34回定演
フォーレ「レクイエム」


1986年第35回定演
ハイドン「ハルモニー・メッセ」


1987年第36回定演
シューベルト「変ホ長調ミサ」


1988年第37回定演
モーツァルト「レクイエム」

1989年第38回定演
グノー「聖セシリアのための荘厳ミサ」

1990年第39回定演
シューベルト「Messe As-dur」

1991年第40回定演
ハイドン「大オルガンミサ」


プログラム表紙一覧
第1回〜第60回

第1回
第4回
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岡田先生の雄姿
1965年〜


いざ出陣(1965)


第24回定期演奏会(1975)


第26回定期演奏会(1977)


第31回定期演奏会(1982)


第34回定期演奏会(1985)


第35回定期演奏会(1986)


第35回定期演奏会(1986)

岡田先生ご夫妻のスナップ


1989年12月楠田君(2期)追悼の夕


1989年12月楠田君(2期)追悼の夕


2000年岡忠会(会友:林・小林・葉山の3氏と)


2002年岡忠会(会友:伊東峰岸両氏と)


浜辺の歌音楽館竣工記念
1988年

岡田先生が最も敬愛する恩師は「浜辺の歌」で有名な成田為三先生である。成田先生の故郷、北秋田市に「浜辺の歌音楽館」が1988年に竣工し、その祝賀会に岡田先生ご夫妻はご招待を受けられました。以下はご夫妻で撮りあった写真である。この詳細な報文は、本サイト編集主幹小笹和彦によってFORUMに書かれている。是非、一読してください。


岡田茂子令夫人   成田文子令夫人


浜辺の歌音楽館の前で


音楽館の近くにある龍淵寺
墓碑裏に「楽澄院誠韻曲宗居士」の戒名


顕彰碑(「作曲家・成田為三先生」の下に「浜べの歌」と
その旋律が刻まれている)


楽譜を石碑に刻みこむ石屋さんが日本にはいるのです
うー、素晴らしいことです

成田先生の奥様からのお礼の手紙の封筒は何と美しい文字なのだろう。

郵便番号が3桁の頃だったのだ。000から999までで足りた時代だったのです。

注目していただきたいのは、この封筒に貼られた日本郵便の切手です。よし、見えるようにしよう。

浜辺の歌の一節があります。
聞こえてきませんか?


編集部 : 改めて顕彰碑の譜面を見て感動の思いがこみ上げてくる。折りしも3Dプリンターが世の中に一大革新をもたらそうとしている。3Dカメラで撮影した物体の3次元模型をプリントしてしまうのである。

10年以上も前から、譜面作成のソフトはオーケストラのスコアを入力すると、忠実に各楽器の音のMIDIデータをアウトプットしてくれる。このデータからパソコンで、あるいはMIDIを演奏できる装置で演奏できる。

そのうち、録音された演奏を仮称4Dプリンタに聴かせると、その譜面をプリントし、プリントされた譜面(紙ではないかもしれない)からサウンドが聞こえてくるというのはどうだ?かっぱはこんなことを想像しながら浜辺の歌の石碑を眺めている。郵便切手の譜面をさわると音が聞こえるのも嬉しい。5D切手というのかなぁ?時間軸と音程の軸が最低限必要なのだ。5次元では無理かもしれない。みなさん、音楽というのはそういう多次元空間の芸術なのです。通常の絵画は2次元(2D)、彫刻は3次元(3D)の世界。異なる楽器の周波数領域ををそれぞれ1次元と考えると、オーケストラはN次元(ND)の世界です。

楽友の皆さん、話は現実に戻りますが、上のプログラム表紙の欠けている年度のものをお持ちの方は、どういう形でも結構です、編集部に送ってください。上にあるものは岡田先生のところからお借りしてきたアーカイブです。(かっぱ・2013/6/22)