記念文集(定演プログラム)

第12回定期演奏会プログラムより

神田共立講堂(1963年12月15日)


ごあいさつ

高村 象平(慶應義塾長)

このたび慶應義塾の楽友会が第12回の定期演奏会を開催いたすことになりました。皆様よくお越しくださいました。

ひとくちに12回と申しますが楽友会にかつて関与された塾の先輩諸君にとっては、かなり長い年月の歩みであったわけで今宵の催しを機会に、その過ぎし跡を格段の思いでふり返ってみたい気持で一杯であろうと想像します。

他方平素学業の余暇をみては、練習に励んだ現会員の塾生諸君が抱く気持は、彼らの努力が本日この晴れのステージに見事に開花することの確信に充ちたものと考えます。恐らくご来場の皆様もこれを期待下さっていることと信じます。

どうか今後ともこの楽友会の発展のためにお力添え下さるようお願いいたしてやみません。

荒木 良治(楽友会会長)

楽友会も今期で第12回の定期演奏会を開くことになり、真によろこばしいことと存じます。会員諸君の日頃の熱心な練習の総決算、きっと素晴らしい音楽をきかせてもらえることと期待しております。

いうまでもなく音楽的なテクニークはそれ自体大切なことですが、皆が一緒になって一つのより美くしいものをつくりだそうとする努力が尊いことだと思います。それには音楽自体とは別に、個人々々がお互いに協調しあう努力が必要になってきます。つまり「和」を求めることです、それがあってはじめて美しいハーモニーの旋律がかなでられて私達の心を打つのだと思います。今夕演奏される美しい音楽の中に、きっと、それと同じように美しい心の調和のひびきをきくことができると思っています。

新時代の学生に

有馬 大五郎(楽友会顧問)

私が頼めば耳を傾けてくれると思うので申しあげますが、学生音楽で最古の伝統をもつKE10の学生さん達は、新時代の人として少し気の効いたことをやってほしい。

吾々先輩のやったことを再検して、ヒネクッたもの、こしらえもの、つくりもの、芸術良心などという錦の御旗の行方、などなど袋小路に入ってアマルガム化したものを洗い流して、サッパリと新しい日本の音楽時代をつくってくださらぬか。お願いします。

今や日本の音楽界は好むと好まざるとを問わず、学生を中心とする素人音楽家によって力強く推進されているのである。だからそのうちの幾人かは賢明であって貰いたい。利口な若者の方が天才や天分よりもネセサリーである。何ならその人たちを後で天才として拝んであげてもよろしい。

どうすればよいのか?それは若杉さんのようなスツキリした音楽をやる人が後輩の利口な学生さんたちと考えてくださることであって、私のような老人に智恵はない。だから若い人にしがみつくのである。

また有馬がそれをいう、と皆さんは笑うけれど「ピーナッツ」嬢や「赤ちやん今日は」嬢を聴いて、私はその昔もっとウス汚ない声を出していたように記憶する。

    


第12回定演プログラム
表紙デザイン:
慶應義塾大学パレットクラブ


プログラムより
曲目
メンバーリスト

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音楽の歓び

若杉 弘(3期・客演指揮者)

このごろ私共の間で「シューベルトはむずかしい」という合言葉がはやってしまいました。それというのも、ある声楽団体が1978年の歿後150年祭をめざし、シューベルトの全歌曲を作曲年代順に演奏していくことになったからです。これには15年を要する大事業ですが、600曲を越えるこの天才の歌曲を全部演奏することは、たぶん外国でもやられなかったことでしょう。それにつけても、あらためてシューベルトの譜面を前にして、そのあふれ出るばかりの音楽に驚歎し、ただただ演奏の難しさを知らされるばかりなのです。

ある時、シューベルトの音楽は「古典」か「ロマン」か、というディスカッションになったことがあります。シューベルトといえばロマン派音楽の旗頭という通説があるにもかかわらず、演奏解釈の立場から考えていくとこうした一見プリミティーブな問題にぶつかってしまうのです。彼独特の美しい叙情性にうっかり酔っていると、クラシックな様式惑をないがしろにしてしまいがちで、ここに「シューベルトはむずかしい」といわせる要因があるのでしょう。

今回、楽友会でシューベルトの「ミサ曲第6番」を演奏するにつけても、こうした音楽に対面出来る合唱団の方々が本当に幸せだと思うのです。これまでに皆さんはモーツァルトを、ハイドンを、その上あの壮大なヘンデルの音楽も自分の声で歌いあげたのです。そして今、音楽の歴史の流れの上でも、一つの難関、シューベルトを歌っているのです。

まだ天現寺の幼稚合に通っているころから音楽が好きで、ボーイ・ソプラノをはりあげてコーラスをしていた私は、高校に進学するや、入学式の日に、もう楽友会のメンバーになっていました。始めての練習は、たしか「モーツァルトのレクィエム」だったと思いますが、生れてはじめて、こうした名曲を歌える嬉しさにすっかり興奮して、家に帰っても、一晩眠れなかったものでした。

今から思えば、楽友会で音楽にふれあった時期が私の音楽生活の第1期にあたるようです。バッハ、ヘンデル、モーツァルト、ハイドンなど、巨匠達の名作にじかに親しめたことが、今日の私にどれほど血となり肉となっているかしれません。こうした音楽の土台石のような作品を沢山歌わせて下さった岡田先生に心から感謝している次第です。

このたびは、久し振りに古巣に帰って、後輩の皆さんと音楽のよろこびを分けあうことができ、こんな嬉しいことはありません。それにつけても、恩師・岡田先生の精神を受継いで、立派な音楽を作らねばなりません。なかなか難しいことですが、皆さんの心から歌いあげた歌声は、すべてを超えて聴衆の皆様、そして私達自身の胸に永久に残るであろうと信じています。

    

曲目解説 シユーベル卜:ミサ曲・変ホ長調(D 950)

中野 博詞(2期・楽友会顧問・文学部美学科講師)

ヨーロッパ音楽の歴史をふりかえる時、キリスト教の果した役割がいかに大きかったかを再認識せずにはいられないだろう。音楽が宗教と密接な関係をもたなくなったのは、まったく近代になってからのことにすぎない。しかし宗教音楽にかわって世俗音楽が支配する時代にいたっても、宗教的な伝統はいぜんしっかりと保たれている。古典派におけるハイドン、モーツアルト、ベートーヴェンの優れた宗教音楽。シューベルトからブルックナーにいたるロマン派の諸傑作。そしてストラヴィンスキー、オネゲル、メシアンなどによって生みだされた現代の名曲。各時代の作曲家達がそれぞれ独自の様式のうちに神への祈りを結晶させる宗教音楽は、音楽史上に重要なジャンルをかたちずくっている。

カトリック教会音楽の最も大切な形式がミサ曲であることはいうまでもない。カトリック教会の中心的典礼であるミサは、パンとブドウ酒の外観のもとにましまし給う主イエズス・キリストの御体と御血とを聖父に献げる聖祭である。このミサの祭儀のための祈祷文、讃美の歌、その他のうちのあらゆるミサに共通の五つの典礼文、すなわちキリエ、グローリア、クレード、サンクトゥスとベネディクトゥス、アニュス・デイの全部あるいは大部分をひとまとめに作曲したものを一般にミサ曲と呼んでいる。グレゴリオ聖歌旋律による組物からストラヴィンスキーの作品へと連なるミサの山脈には、なんと多くの巨峰が林立していることだろう。だが、そのなかに一際おだやかな徴光をはなつ秀麗な名山がそびえていることは一般に知られていない。

フランツ・シューベルト(1797〜1828)が残した6曲のミサ曲なのだ。初期ロマン派時代に活躍し、31年の短かい生涯のうちに歌曲集「冬の旅」をはじめとする数えきれない珠玉の歌曲を生み出したシューベルト。しかしシューベルトがあらゆる分野に、とくに宗教音楽の分野にも多くの名作を書いていることを忘れてはならない。

シューベルトがウィーンの王室礼拝堂の児童合唱団員としてハイドン兄弟、モーツアルト、 ケルビーニを先頭とする18世紀後半以降の宗教音楽に親しみながら学習時代を過ごしたことは、彼の宗教音楽の作曲に決定的な方向をあたえることとなった。とはいえ、彼独自の音楽語法と典礼に対する解釈をもって、シューベルトは個性ゆたかなミサ曲様式をきずきあげている。メロディスト・シューベルトをほうふつさせる無限の旋律美。光と影が微妙な綾をなす長調と短調の交錯や、さまざまな情緒の変化を浮彫りにする大胆な転調によって生み出される表現力ゆたかな和音の流れ。たくまずして生まれた対位法的効果。あざやかな音色美を形作るオーケストレーション。シューベルトの教会に対する特異な美感を反映する長調の偏愛。典礼文の自由な処理など、シューベル卜のミサ曲様式の特質は限りなく枚挙できよう。旋律美と心地よい音響をたたえる抒情的なホモフォニックな書法と伝統的な厳粛なポリフォニックな書法の美事な統一の上に誕生するシューベルトのミサ曲は、天国的な美しさにつつまれた清らかな祈りの音楽をくりひろげる。そこにはバッハにみられる緊張感に満ちた劇的表現も、ベートージェンのあまりに主観的な態度も見あたらない。そしてハイドン、モーツァルトと古典的音楽像からも遠く離れている。それはシューベルト特有のあたたかい素朴な精神にみちた個人的な優しい祈りであり、ロマンティックな美しい音の神への捧げものであるともいえよう。

シューベルトの晩年をかざる教会音楽のなかで最も注日すべき作品であると共に、最大の規模をほこる「ミサ曲・変ホ長調」は、シューベルトの死の年にあたる1828年の6月から7月にかけて作曲された。オーボエ2、クラリネット2、 フアゴツト2、 ホルン2、 トランペツト2、 トロンボーン3、ティンパニ、オルガン、弦楽合奏それに5人の独唱者と混声四部合唱のために作曲されたシューベルトの最後のミサ曲は、作曲者の死の翌年シューベルトの兄フェルディナンドによって初演されたと伝えられる。作曲者の内的な衝動から作曲されたとされるこの曲の成立事情は謎につつまれている。合唱を中心に構成される「ミサ曲・変ホ長調」では、シューベルト晩年の円熟した音楽のうちに、敬虔な祈りが清らかに歌われる。

第1曲 キリエ(アンダンテ・コン・モート・クワージ・アレグレット/ 変ホ長調3/4拍子) 「主のあわれみ」を求めるこの曲は、合唱による旋律美にみちた簡潔な3つの部分からなっている。

第2曲 グローリア(アレグロ・モデラート・エ・マエストーソ/変口長調4/4拍子→アンダンテ・コン・モート/ト短調3/4拍子→アレグロ・モデラート・工・マエストーソ/変ロ長調4/4拍子→モデラート/変口長調2/2拍子) 天における主の栄光と地における平和を祈るこの曲は6つの部分にわけられる。「天のいと高きところには神に栄光」の力強い合唱にはじまる第1部。女声合唱と男声合唱が応答的に交互する「主の大いなる栄光のゆえに感謝し奉る・・・」の優美な第2部に、第1部の縮小された反復が続く。曲は卜短調のアンダンテに転じ、トロンボーンの荘重な響きで「主なる神 神の小羊・・・」の第4部にはいる。ふたたび変口長調で「主のみ聖なり 主のみ王なり・・・」で第1部が再帰し、雄大なフーガに発展して華やかに曲を閉じる。

第3曲 クレード(モデラート/変ホ長調 2/2拍子→アンダンテ/変イ長調12/8拍子→モデラート/変ホ長調2/2拍子) 信仰宣言を歌うこの曲は4つの部分からなっている。ティンパニのトレモロに導かれて合唱が歌いだす主題を中心に展開する第1部は、敬虔な雰囲気をかもしだす。アンダンテの第2部は天国的な旋律にのって独唱テノールが「主は聖霊によって人となり、おとめマリアから生まれ・・・」を歌い、清らかな3重唱へと発展する。更に「又、我らのためにポンテオ・ピラトのもとで苦しみを受け」の悲しみに満ちた合唱を組み入れ、明暗の綾をなす。そして悲痛なる合唱が終ると「三日目に復活し・・・」という第1部の発展した曲想が続き、おごそかなフーガヘと進展する。

第4曲 サンクトゥス(アダージョ/変ホ長調4/4拍子→アレグロ マ・ノン・トロッポ/変ホ長調2/4拍子 「聖なるかな」が次第に強められながら繰り返されて進んだあと「天のいと高きところにホザンナ」のフガートが続く壮麗な楽曲。

第5曲  ベネディクトゥス(アンダンテ/変イ長調2/2拍子→アレグロ・マ・ ノン・ トロッポ→変ホ長調2/4拍子) 弦楽がおだやかに奏でる調べにのって4重唱が「ほむべきかな、主の名によりて来る者」と歌い出し、やがて合唱も加わる。サンクトゥスのフガートが再帰して曲を閉じる。

第6曲 アニュス・デイ(アンダンテ・コン・モート/ハ短調 3/4拍子→アンダンテ/変ホ長調2/2拍子→アレグロ・モルト・モデラート/変ホ短調3/4拍子→アンダンティーノ/ハ短調 →変ホ長調 2/2拍子) 最後を飾るアニュス・デイは、ポリフォニックな書法とホモフォニックな書法が美事な対比を生み出す4つの部分からなっている。合唱がハ短調で多声的にくりひろげる厳粛な第1部。合唱と4重唱が和声的に「我等に平安を与えたまえ」と変ホ長調で歌う優美な第2部。第1部が変ホ短調で再帰したのち、第2部にもとづく第4部が全曲を感動的に結ぶ。


第12回定期演奏会 神田共立講堂(1963年12月15日)
シューベルト:ミサ曲変ホ長調 指揮:若杉 弘

    

第12回定期演奏会 神田共立講堂(1963年12月15日)
メンデルスゾーン:混声合唱曲集 指揮:中濱鐡志(9期)
    

第12回定期演奏会終了後全員集合
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