Editor's note 2009/2

男声合唱のための唱歌メドレー

昔から愛想っ気のない奴だったが、先日久しぶりに「おい、今年の新年会に出ないか」と誘ってみた。すると「私はそんなものには出ない。同窓会の類は一切出ないことにしている。私は忙しい、もっと前向きに日々を生きている云々」とぬかした。<フーン、それはご立派だね。で、君はどこから来て、どこに向かっているんだい>と反問しようと思ったが、やめた。

最近、公園で一所懸命に「後ろ歩き」をしている人が多い。きれいなオバサンが足を停めたので、話しかけてみた。「なぜそんなことやってるの?」「いつも使っていない筋肉と感覚を使うことで、身体にいいそうですよ。お爺さんも一緒に歩きますか?」。手をつないでくれるのならそうしようと思ったが、そうでもなさそうなので、やめた。
 

話は飛ぶが、この「編集ノート」に過日ワカヤマが「92歳、認知症のお袋が、先週、『もみじ』を唄っていました。自分の息子が判らないのに」と書いていた。これが世にいう「退行現象(幼児がえり)」ということなのだろうか。とすれば「ワカヤマのお袋さん」は今、尋常小学校の時代まで退行されたことになる。「退行」なんて言葉は嫌だから、換言すれば、これが人生の後ろ歩きだろう。そこで「お袋さん」は楽しい、無邪気な、あどけない表情で、懐かしい歌を歌っておられる。なんといい光景ではないか。

つい最近のこと、私はまだ認知症ではないが、家で「もみじ」を歌っていた。しばらくすると娘が部屋に入ってきて「私も陰で、一緒に歌っていたんだよ」といった。「え、君もこんな古い歌知っているの?!」「もちろん。学校で習いましたよ。全部知っている」。

全部とは、その時私が歌っていた「もみじ」他「春の小川」「鯉のぼり」「夏は来ぬ」「われは海の子」「雪やこんこ」「ふるさと」等々、要するに源田俊一郎編曲の「ふるさとの四季」に載っている小学唱歌全11曲を指す。一驚した。親子であればなおのこと、人として、同じ歌を他者と共に歌えるのは、何という深い喜びであろう。そして思った。ワカヤマも、その時涙して「お袋さん」と一緒に「もみじ」を歌ったに違いないと・・・。

私は今、OSFの仲間とこれらの曲を毎月さらっている。曲集の最初と最後が「ふるさと(詩:高野辰之/曲:岡野貞一)」で、メドレーの最後に:

(二)いかにいます父母 つつがなしや友がき

   雨に風につけても 思いいずる故郷(ふるさと)

(三)こころざしをはたして いつの日にか帰らん

   山はあおき故郷 水は清き故郷

と歌う。グッとくる。この歌は望郷の歌ではあるが、同時に、亡き人を偲ぶ歌でもあり、心の素直さをとり戻す歌でもあり、天国を憧れる歌ともなる。

小学唱歌を歌うことを感傷と笑われてもよい、退行現象と侮られてもいい、だが一つだけ言っておきたいことがある。それは決して暇つぶしでも退歩でもない。顔はあくまでも前を向いており、唇に歌があり、友がいて、過去・現在・未来をつなぐ絆があり、森羅万象との調和がある。そこにこそ真の心の平和があり明日がある。多忙な人には分かるまい。「多忙」とは、心を亡くすことが多い、ということである。(オザサ・2月7日

●2月1日(日)に楽友三田会の新年会がありました。わが編集長はこんな肩書きの名刺を作って、配布していました。当ホームページの

 

 編集部 主 幹

 


新年会での主幹

と書かれているのです。××長っていうのはやだなぁというわけで、主幹と自らタイトルをつけました。

「編集主幹」って英語に訳すと"The chief editor"となります。これを日本語に訳すと編集長となります。

元に戻らないところがものすごく面白いので、主幹におもしろいってみんなが言ったでしょう?と聞くと、そんなこと言った者は一人もいないのだそうです。

すげえ面白いのになぁ。

そんなわけで、今後は編集長のかわりに主幹と呼んでください。

●2月3日は福澤先生のご命日でした。先生のお墓は麻布善福寺の境内にありますが、私たちが子供の頃は天現寺から目黒通りを渡った上大崎の浄土宗本願寺内の常光寺のお墓まで歩いてお参りに行きました。ものすごい量のお花や線香の煙の中でお参りして来たものでした。お墓参りに行くと落第をしないと言われたものですが、それはウソです。善福寺には1977年に移されたのです。

善福寺の麻布弘海住職は若い頃、普通部の漢文の先生でした。教室にはバットを持って現れました。なぜなら、野球部の部長をされていたからです。そのバットで机をゴンゴンと叩いて動き回るのです。手を出していると危なくてしようがありません。おまけにうるさいと廊下で立たされたものです。

唐の高祖の始め、佞臣を去らんと請う者ありなんて難しい漢文を習いました。

その普通部では楽友会の卒業生、鈴木淑博君が国語の先生をしています。彼は生徒を立たせるのでしょうかねぇ。3年前に卒業50年の同期会を日吉の普通部で開催しました。鈴木君には何だかんだと世話になりました。

●今夜はジャズコーラスのOZ SONS一家でヤング@ハート(Young at Heart)」という映画を見てきました。マサチューセッツ州ノーザンプトンに実在する爺さん婆さん20名ほどのロックンロールコーラスのドキュメンタリー映画です。平均年齢が80歳とか。その年寄りがロックンロールを唄うのです。なんとも・・・言葉になりません。涙がこぼれました。年1回のコンサートのために練習をする風景が描かれますが、コンサートを目の前にして二人のお年寄りが病気で亡くなっていきます。歌うこと=生きることを教えてくれる映画でした。

ビデオクリップをお見せします。

FOREVER YOUNG(右クリックで保存してから再生してください)

私は高校生の頃からジャズコーラスがやりたくて、楽友会の仲間とトリオやカルテットさらにクインテットまでやっていました。岡忠さんはいつも嬉しそうな顔をして聴いてくれたものです。一方ではRequiemを唄い、一方ではジャズのテンションハーモニーやオフビートで遊んでいました。

それがダークダックスやスリーグレイセスの育ての親、小島正雄氏の息子に誘われて10何年か前からジャズコーラスを再開しました。そのグループの名前がオージーサンズというのです。10年後に、ヤング@ハートを地で行くコーラスになりたいものです。(わかやま・ 2月7日)


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