Editor's note 2009/9


はまぼう(葛西臨海公園).

回の総選挙には強い関心があった。こんなことを書くと相棒のカッパ先生に「人のお株を奪うな」と怒られるかもしれないが、「Operations Researchと政治」の関わりに深い興味と一定の警戒を感じていたからだ。
 

周知のように次期総理の鳩山由紀夫氏は、東大で数理工学の学士となり、後スタンフォードの大学院でOR学界の最高権威の一人であるジェラルド・リーバーマン教授に師事し、76年に博士課程を修了して帰国した。政治家には珍しい、ORを専門とする学究肌の男である。

本来ORは数理・統計学的理論を駆使し、問題解決手法を追求する難しい学問なのだろうが、軍隊が最適な作戦(Operations)を練る(Research)ために発達させた、極めて実践的な研究だから、なんにでも応用が利く。むしろ今では世間一般の人間関係とか、消費者行動とか需要予測とか、社会的な因果関係の解明や問題解決に利用され、さまざまな意思決定を行なう際に、必須不可欠の手法として広く活用されている。

早い話が、<今回の選挙で「政権交代」が行われるに違いない>、とマスコミがかなり早い時期から予測してみせたのも、このORを活用した確度の高い「世論調査」結果を手中にした上での報道だったのである。近年その予測手法はますます精緻になり、結果の確かさは著しく向上した。「当選確実」予報の恐るべき正確さがその一端を物語る「週刊文春」9月10日号掲載のデータによる

結果予測
自民
民主
NHK
84-131
298-329
日テレ
96
324
TBSとフジ
97
321
テレ東
98
326
テレ朝
106
315
当選者実数
119
308
選挙前議席
300
115

この数字は各テレビ局が、8月30日(日)の午後8時に開始した開票速報番組の冒頭に掲げた当確予想人員数と、下段は深夜午前1時30分頃に確定した実人員数である。何という早業、そしてなんという近似値!

ちなみに、今回の衆院選投票有権者総数は約1億434万人、総選挙区数は300である。実数に最も近い予測値を示したテレ朝は、朝日新聞と協力して1選挙区に30ヵ所、計9千ヵ所で約54万人に出口調査を行ない、NHKの場合は4千2百ヵ所、42万人調査をもってこの値を測定した、という前掲誌

ここまでくると私は戦慄さえ覚える。当日の投票率は69.28%だったから、たかだか40〜50万人に対する数分の質問紙調査で、約7千2百万人の投票行動を、ほんの数時間で割りだしたことになる。驚くべきことだ。逆にいえば、このからくりさえ分かれば、かなり自在に潜在的な民意を探ったり、それを利用して政策を操ったりすることもできる、ということだ。

それはそれで結構な一面もあるが、大衆民主主義の制度のもとでいたずらに大衆におもねり、そのPopular Sentimentに迎合するだけの人気とり政治家や政策だけが横行する恐れもある。政治にはどうしたって感情論や損得勘定で測ることのできない、大局的見地に立ったPublic Opinionや、それを基にした理性的判断が必要になる。そうなった時どう事態を収拾するのか。

昔は前者を世論せろんといい、後者を輿論よろんといってことばのうえでもハッキリと違いを区別していた。が、漢字制限によって「輿論」がなくなり、それかあらぬか政治の世界も「世論」一辺倒になってしまった。これでは現代の政治を仕切れるわけはなく、日本の政治は節操のないポピュリズムに陥るばかりで、とても経済のグローバリズムに対応できていなかった。

その意味で、「政治に科学を」と主張するOR専門家の登場は時宜にかなったことである。ORは両刃の剣であるが、鳩山氏の掲げる「友愛」が真のモットーなら、その善用による活躍を期待してやまない。9月7日/オザサ

開票結果の予測:鳩山さんは東京大学工学部の計数工学科でオペレーションズ・リサーチを学びました。議員になってからもOR学会の正会員を続けています。東工大の助手時代には編集委員会のメンバーとして学会の仕事も手伝ってくれました。2年前に50周年を迎えましたが、そのパーティには顔を出して挨拶もしました。やはり、学会でも彼は有名人なのです。

選挙開票の予測は昔から行われています。私達が学生時代には、われわれの先生達が新聞社や放送局の手伝いをしてサンプル調査に基づく統計的な推計をしていました。もともと、生産工場における製品の品質管理を行うための応用統計学の手法です。

製品を全数検査して不良品をはじき出せば、不良率の値は正しい値になります。それには手間も暇もかかってしまい、そのコストは製品の価格に上乗せされて高くつきます。そこで、単価の低い製品の場合は全数検査することなく、通常はランダムにサンプルを抽出して、その不良品の個数をカウントし、全体の不良率を推定するという手順をとります。その推定値が異常範囲を超えると生産工程を止めて不良品を生み出す原因を調べるのです。

「不良率」を民主党の「得票率」に置き換えて考えれば同じ話になります。このサンプル調査が、選挙会場における「出口調査」です。サンプル数が100倍になると推定値の精度が1桁上がります。有効数字が何桁かを知らずに推定値を眺めても仕方がありません。数値の頭から何桁目までが信用できるかということがわからずに、何桁も計算しても使い物にならないのです。

元来、不確定な未来を予測したり予知したりすることは大変に難しいことです。魔法や手品のようには行きません。私のところでも「需要予測を卒論のテーマにしたい」といってくる学生がいます。私には魔法もありませんし、予知能力もありません。そこで、「予測」というかわりに「分析」という言葉でおきかえて、卒業研究をさせています。

私の後輩で、塾の管理工学科でORを学んだ議員さんが2人いました。1人は二世議員の奥野信亮さん奈良・落選、もう1人は逢沢一郎さん岡山・当選です。彼らはORや統計学を使って予測していたのでしょうか。彼らがそんなことをするわけありません。逢沢さんが前塾長をつれて、赤坂のジャズバーに来るというので、電話がかかってきて合流したことがあります。塾長に「お忍びで来たのか?」と聞いたら「そうだ」といっていました。前塾長も助手の頃に、OR学会の庶務幹事をやってもらった時代があります。


デルファイ アポロン神殿

人の意見が気になる:今回に限った話ではありませんが、メディアの報道が国民の行動に大きな影響を与えることは否定できません。一方では、独立自尊といっても、まわりの人たちの意見と自分の考えがかけ離れているのは居心地の悪いものです。

オザサ主幹の危惧は、一言でいうとメディアを使って国民の意見をも操作してしまう可能性を否定できないという心配です。劇的ともいえる結果をみて、わけのわからない怖ろしさを感じたのはオザサだけに限った話ではないはずです。

メディアによる情報操作ではありませんが、ある種の情報操作効果を取り込んだアンケート調査法があります。

アメリカ空軍のRand Corporationという研究所で1950年代に「反復フィードバック型」の構造をもったアンケート調査による意見集約技法が考え出されました。神託で有名なアポロン神殿のあったギリシャの古代都市デルファイにちなんで「デルファイ法」と名づけられました。

専門家のグループに特定の問題に関するアンケートをします。その結果を統計的な分布の形に集約し、グループに「皆さんの意見はこんな具合でしたよ」と情報を与え、それを見て「もう一度考えて」アンケートに答えてもらいます。「あの人がこう言った」などという個々の情報を出すことはありません。

これを何度か繰り返すと、アンケートの結果は何回かで収束します。今回の衆議院選挙の結果を踏まえた上で再投票を行えば、結果は違ったものになるでしょう。「小泉郵政選挙」や「鳩山政権交代選挙」のようなタイプの選挙では、偏りの大きすぎる大衆の投票行動が表に出てきてしまうのでしょう。

ブレインストーミングも参加者の意見や考えを互いに参考にしながら、思いつくことを出し合ってまとめていく意見抽出と収集の方法です。無秩序に集められた情報を整理するのにKJ法なども役に立つ方法です。研究グループの中で新しいプロジェクトの方向性や企画を決めるような問題に対して、このような手法を会議の場でよく応用したものです。誰が何をしゃべっても構わないような仲間内の作業では、匿名性の強いデルファイ法は必要ありません。ブレインストーミングとKJ法は短時間で効果の上がるやり方でした。

独裁国ではメディアは権力に完全に握られています。日本ではいかがなものでしょうか。今までは特定の党の御用メディアもありました。しかし、国民は馬鹿ではありませんから「そんなことくらい知っておるわい」だったかもしれません。

そもそもバイアスのかからない報道なんてあるのでしょうかねえ。きれい事をいっていても、ひん曲げられた話ばかりが実は多いのです。新聞や雑誌に書いてあることを鵜呑みにしてはいけません。最終的には、自分で考えることが大切なのです。(9月7日/わかやま)