Editor's note 2009/12

 <秋深き 隣は 何をする人ぞ> 枯木の季節になると、フト心に浮かぶ芭蕉絶唱の一句です。この写真は江東区常盤の「芭蕉記念館」にある芭蕉の坐像ですが、隅田川畔にあり、いつも川船に乗って行き交う人を眺めています。遠景はその西側に位置する美しい清洲橋から箱崎、築地方面。川の流れはやがて東京湾にそそぎます。
 

この句を詠んだのは大阪で、芭蕉はその2週間後に51年の生涯を閉じました。病に倒れ、急に句会に出られなくなったので詠んだ句といわれています。その時の芭蕉はどんな気持ちだったのでしょう。半生を旅に過ごし、自然の風物に目を凝らして向き合うことで、枯淡の境地に達した芭蕉でしたが、この句には珍しく「人」を思う気持ちがにじみ出ています。さすがの芭蕉といえども、晩秋ともなれば人恋う気持ちがつのったのでしょうか。

 年賀状整理の時期になりました。もっと先でいいや、と思っているうちに次から次へと喪中通知が来るので、放っておけない気持ちになります。このはがきは増える一方で、それに連れて年賀はがきの数は年々少なくなっていきます。稀に賀状を出しても戻ってくるものがありました。事情を尋ねると孤独死だったと知ることもあり、老境に達すると一入寂しさがつのります。

多くの人は定職を離れると第二の人生として、新たな生きがいを求めてさまざまな活動を展開します。ある人はヴォランティアとして、ある人は趣味人として、またある人は生涯現役として創業し、余生を全うしようと努めます。しかし、その一方では、すぐにすべてを放擲し、老人性自閉症に陥ってしまう人もいます。

散歩の途次の釣り堀で、日がな一日釣り糸を垂れている老人をみかけます。最近ますますその数が増えてきているように思います。急速な高齢化社会の進展を象徴しているかのようです。人の心は分からぬものの、そのような人を見ると非常な侘びしさを覚えます。それは、第二の人生ならぬ、第一の死、つまり社会的な地位や役割を喪失するとともに茫然自失し、能動的に生きる喜びを放棄してしまった人の姿のように思えるからです。

そんな時、実に傲慢な我田引水とはいうものの、ついわが身の幸せを思ってしまいます。友がいて、歌があり、共に語らい、共にさんざめくことができること、そしてそれを理解し支えてくれる家族がいることを、よくよく感謝しなければいけないと思うのです。

 先週の日曜日(11月29日)、遠藤君(7期)に教えられ「旧3商大現大阪市立大学・神戸大学・一橋大学)OB男声合唱団・交歓演奏会」をザザ(3期)と一緒に聞きに行きました。

今年で4回目とのことですが、素晴らしい演奏会でした。広い大田区民ホール・アプリコ:大ホールのステージ一杯に並んだ200名のOld Boysたち。平均年齢は6x歳?とお見受けしましたが、皆さん元気で気持ちのよい、明るくしかも重厚なハーモニーの響きで、男声合唱の醍醐味を満喫させてくれました。

かぶり付きで皆さんの歌う表情を見つめていたら、全く初めての人たちにも関わらず、旧知の友に出会ったような親近感を覚えました。しかも、既に歌ったことのある曲が多かったせいか、お一人びとりの顔に楽友会仲間の面影が重なって見えたのです。

皆は楽譜を持っているのに、一人全てを暗譜して歌う人の姿にTさん、杖を片手に、しかし顔はまっすぐに指揮者を見つめて歌う姿にS君のこと等が・・・、そして瞑目して聴けば、今は亡きBさん、Mさん、Kさん、Wさん、F君、H君、S君、O君達の懐かしい顔が、次から次へと走馬灯のように浮かんできます。<皆が一緒だ>という思いに浸され、涙がひとりでに滲んできました。

 老いてなお、病に倒れてもなお、あらゆる人生の不条理や困難を乗り越えて音楽を愛し、人を愛し、声と心のハーモニーを楽しむことができるのは、天恵としかいいようがない恩寵です。しかしそれは、坐していて得られるものではなく、先ず自らの意志で立ち、互いに支えあう心意気がなくては、叶わぬ夢です。

 旧3商大OBの合唱を聞いていて、つくづくそう思いました。「隣は何をする人ぞ」の興味だけで行ったのですが、帰路は感動と勇気と希望に満たされていました。そして「一生感動一生青春文化出版局/93年刊」という、相田みつおさんが遺してくれた名書を思い出しました。いい演奏会をありがとうございました。お陰さまでよい越年ができそうです。同志よ、来年もお互い元気に、青春時代の意気込みでよき歌を歌い継いでいきましょう。少し早いですが、どうぞ皆さん、よいお年を!(オザサ/12月7日)

俳諧と俳句:主幹の編集ノートの記事が送られてきます。その記事をこのページに掲載していきます。よく、主幹の内容を受けて、書き出している月が多いことに気がつきました。これは連句の世界ではありませんか。小笹主幹が発句、カッパが脇句となります。

11月の始めに掲示板に90歳で亡くなった原野さんというお爺さんの追悼会をやったという話を書き込みました。私が学部学生の時代から縁の深かった方で、情報処理やオペレーションズ・リサーチの実務家でした。46年の間、永いながい付き合いでした。

その追悼会に「奥様をお呼びして」という話も出ましたが、後期高齢者どころのお年では済みません。それにご自宅も遠いところですので、お呼びするのは遠慮しました。そのかわりにというわけではありませんが、追悼会の写真や参加者が持ち寄った原野さんの昔の写真などをまとめて一冊のアルバムに編集してお送りすることにしました。

電気屋さん、コンピュータ屋さん、OR屋さん、そして文京大学に情報システム学科を創設し、お仕事では理系の道を歩まれたのですが、晩年に「俳諧史」という文学作品を残されていきました。冒頭には「連歌・俳諧と俳句の違い」について触れられています。理系、文系という垣根を作らない原野さんは、幅の広いそして奥の深い知識と経験を持ち、その上に若々しい少年の心が宿る爺さんでした。

この爺様には多くの人たちがお世話になったのです。そこで、愛すべき原野爺さんを偲ぶページを作りました。http://ozsons.jp/Harano/

このページが出来立てのほやほやのところに、主幹が<秋深き 隣は 何をする人ぞ>と松尾芭蕉での書き出し、かと思えば、食後に柿を食べていたら、テレビで<柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺>と正岡子規が出てきました。どうして物事は連鎖して重なるものなのでしょうか。


前田憲男

 前田憲男が言いました:ジャズやポピュラーの世界では前田憲男は別格の音楽家です。3年前に「前田憲男でございます」というメールが飛び込んできました。私宛に質問状が来たのです。それ以来、お友達になってしまったのです。羽田健太郎という面白いピアニストが生きている頃は、私と同期の佐藤允彦と「トリプル・ピアノ」というコンサートを毎年サントリーホールでやっていました。

この写真は2007年に出会ったときのものですが、興が乗ってピアノを弾き出して、アドリブのスキャットまで唄いだしてしまいました。

その前田さんが

「コーラスは並大抵でない練習が必要なのだ」

と言ったことがあります。皆さん、考えてみてください。

 なぜ並大抵でない練習が必要なのか?

パート内のバランス

合唱では一つのパートに複数人がいます。先ずはパート内の全員がそろわないと気持が悪いです。パートリーダーの皆さん、あなたのパートはいかがですか?言われなくとも、明白でしょう。

パート間のバランス

合唱ではパートが複数に・・・そのためにパート間の関係が入り組んで複雑になります。ここでは、コーラスの難しさを数値的に説明します。

2声では、合わせる対象は互いに相手のパート1つです。3声では、組み合わせは3組です。4声では6組になります。神経の使い方が、それだけ要求されます。

2声の息の合い方が0.95の確率で上手くいくものと仮定します。3声で上手くいく確率は0.95の3乗で0.86、4声では、6乗ですから0.74まで下がってしまいます。

したがって、練習でこの確率を上げない限り、いいコーラスを聴かせることはできません。4声で0.95のパフォーマンスを達成するには、各2声のパフォーマンスを0.99まであげる必要があります。1つのパートのパフォーマンスは0.995が必要です。だから並大抵でない練習が必要なのです。

練習とは「まずいものを理想に近づける」ための改善手段です。(わかやま/12月7日)