Editor's note 2010/1


☆ 論語に「温故知新」という言葉があります。注解書に「古いこと、昔のことを研究して、そこから、現在や未来に生かせる新しい知識や意義を見出すこと」とありますが、果たして今でも通用する言葉なのでしょうか。最近はどうもそれが怪しくなってきた気がしますが、正月になるといつも思い返す大切な言葉です。

★ 年ごとに何かしら新しい人や事物との出会いがあり、その度に胸をときめかしたり、驚いたり、喜んだり、悲しんだりするわけですが、心に残るのはやはり未知の人との遭遇です。特に昨年はホームページや、新年会の当番幹事になった関係で、幅広い年代の人たちと交わることができたことを感謝しています。
 

☆ 特に嬉しかったのは大和田健次郎さんという大先輩との巡りあいでした。92歳というご高齢ですが、今なおかくしゃくとしてお元気にお過ごしです。昨年9月の「慶應義塾カトリック栄誦会90周年記念ミサ」で偶然に知り合った仲ですが、先月は図々しくお宅にまで押しかけ、いろいろとお話を伺いました。話題の中心はもちろん音楽、それも今ではほとんど歌われなくなってしまったグレゴリオ聖歌のことですが、他にも多くのことを教えられ、生きてあることの喜びをひしひしと感じさせられました。

― 大和田さんは医学部の耳鼻咽喉科で学ぶ傍ら、カトリック神田教会にも熱心に通い、戦前・戦中・戦後の動乱期にも聖歌隊でグレゴリオ聖歌を歌い継ぎ、ヨハネ会修道院などでの聖歌指導にも力を注がれました。本業の分野ではオーディオ・アンプの製作がご趣味だったこともあり、補聴器に独特の改良を加えて難聴者に福音をもたらし、聴力に障害のある児童の教育に生涯を捧げて全国各地を行脚されということです ―

★ 辞去の際、6年前に自費出版された画集を頂きました。全国行脚や学会で世界各地を旅されたときに書きためたボールペンによる線画をまとめられたもので、上図は小金井の桜町病院(上林暁の「聖ヨハネ病院にて」で有名)聖堂の風景です。絵の下に記された2904(2604の誤り。西暦1944/昭和19年)という数字は、戦時中に軍部が国威発揚のため使用を強要した皇紀通算の紀元年号で、この絵が描かれた当時の世相が偲ばれます。大和田さんはここで一時期診療や聖歌指導に従事されました。

なおこの画集の他にも、ご自身が愛用したり、夜を徹してガリ版を切ったりして調整された貴重な楽譜類を「もう使うことはないから」と私に託されました。上に掲げた「カトリック羅典聖歌集」は1931/昭和6年に長崎で出版された、ミサ典礼用の一般会衆用の冊子です。ネウマ譜にカナ文字による読みが付いたラテン語のグレゴリオ聖歌と讃美歌が全115曲、教会歴の行事別に束ねられ、B6版、約280ページの本に収まっています。普通では、今はもう手にとることのできない歴史的価値の高い貴重本です。


譜面クリックで拡大

 

もう1冊の“LAUDEMUS DOMINUM(主を讃美せよ)”は神田教会聖歌隊用に編纂された曲集で、多声部のモテットが63曲収められています。大和田さんは、これら全ての曲のガリ版切りによる譜面筆耕から印刷、製本に至る全工程を、佐藤光幸主任司祭(在位1944-89年)指導のもとに約10カ月かけてほぼ独力で仕上げ、約40部を聖歌隊全員に配布したということです。

神田教会聖堂はルネッサンス・ロマネスク様式の建築で、その会堂にこだまする美しい響きは定評があります。佐藤神父が楽才に恵まれていたこともあり、聖歌隊には特別の役割が期待されていたようです。NHKの放送や進駐軍の教会などにも度々招かれ、この曲集を携えて出張演奏したそうです。

今でもその聖堂と聖歌隊は健在ですが、グレゴリオ聖歌やラテン語のモテットは殆ど歌われなくなりました。外郭は残っても、「そこ(過去)から、現在や未来に生かせる新しい知識や意義を見出すこと」を忘れると、実態は形骸化してしまうのです。

楽友会も同じことではないでしょうか。名称だけ、組織だけ残っても、かつて築いてきた伝統的価値が見失われれば、似て非なる存在と化してしまいます。「温故知新」の意義を改めて噛みしめ、これからも構成員全員にとって真に意義ある楽友会の、永続的発展を探求していきたいと思います。(オザサ/2010年元旦)

 季節感:この頃はいろいろな意味で季節感が薄れてきました。好いか悪いかは別ですが、12月のクリスマスも街には昔のような雰囲気はありません。それらしい音も聞こえてきません。お正月も同じことだと思います。街の空気が昔は変わったものです。子供の羽根つきの音も聞こえてきたものです。人の生活に暦が存在しなくなっているように感じます。

大晦日の紅白歌合戦も見なくなって久しいです。大晦日の新聞に出ている出演者の名前は半分以上知らない人です。Susan Boyleは知っていますよ。


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 喪中でも年頭の一枚:長生きして「もみじ」を歌ったお袋が10月に亡くなりました。昨年いただいた喪中のはがきを見て驚きます。100歳とか99歳というような超高齢者が多いのです。そうなると、うちのお袋は93歳ですから若い方です。

私は「年頭の一枚」を描くことにしてきました。親父の亡くなった年も休まずに描き続けてきました。喪中のはがきを私によこしながら、「毎年の絵は楽しみだから送ってくれ」という人が出てきたからです。

昔は賀状に使うために描いていたのですが、年賀はがきを使わなければ、喪中の方にも送ることができる体裁にしています。

今年はモンサンミッシェルの風景です。島の全景を描いてみたことがあります。ところが貧相な江ノ島みたいになって気に入らず没にしました。

それ以来の挑戦です。

 変わったタクシー:ついこの間、私のジャズコーラスの相棒が「ベンツのタクシーに乗った」とメールを書いてきました。ナンバーが「あ」の「1」番だというのです。東京にはベンツのタクシーが4〜5台あるのだそうです。

10年以上前のことですが、タクシーに乗ると運ちゃんが「お客さん、ズージャですか?」といいます。何でわかるのか、匂うのか、運ちゃんはジャズのCDをかけてくれました。その音響に腰を抜かすほど驚きました。ライブの会場にいるようなサウンドです。何とこのタクシーのトランクには、真空管アンプが積んであります。「また使ってください」で別れました。

それから何年か経って、このタクシーが「ジャズ・タクシー」という有名なタクシーであることを知りました。個人タクシーなのですが、安西敏幸さんという人でメディアにも出演したり、講演を頼まれたりという忙しい人でした。

たくさんの海外からのジャズメンたちも安西タクシーに乗っているのです。数年前にはホームページも出しました。連絡先が書いてあるので、メールを出したところ、丁寧に返信をくれました。

「ジャズ・クルージング」といって、お台場から東京タワーなどを巡る1時間半ばかりの貸切りドライブ、¥13,000の予約を受け付けています。一度、試してみてはいかがですか。日柄がよいと一晩に何度もクルージングをやるのだそうです。私が乗った時はCDをかけたのですが、今では10,000曲入ったiPodと真空管アンプの組み合わせだそうです。

街には空車タクシーが溢れかえっていますが、ユニークなジャズ・タクシーは優雅な商売をしています。ご覧ください、安西さんのナンバーは「い」の「1」番です。⇒ジャズタクシーHP (わかやま/2010年元旦)