Editor's note 2012/9
百日草(山中湖:花の都公園).

 この夏の読書では「戦後史の正体1945-2012(孫崎 享著・12年8月創元社刊)」が圧巻だった。先ずは著者の元外務省・国際情報局長という経歴が目にとまり、<最大のタブー「米国からの圧力」を軸に、戦後70年を読み解く!>というコピーも気に入って購入した。読了感は非常に満足のいくもので、暑さボケしていた脳に活が入った。そこで、その後も「日米同盟の正体―迷走する安全保障」、「不愉快な現実―中国の大国化、米国の戦略転換」、「日本の国境問題―尖閣・竹島・北方領土」といった同著者の既刊書を次々に読破した。何れも時宜を得た好著で今までその存在に気づかなかった怠慢を恥じた。

 
「戦後史」には時の人たちが実名入りで登場するし、外務省の中枢にいた人物ならではのユニークな切り口が、カビの生えた史観に新鮮な血を通わせてくれる。文章も平易で「高校生でも読める本」として書かれているから分かりやすい。皆に読ませたくなった。

例えば最近、何を血迷ったか「尖閣、尖閣!」とわめきたてる石原都知事に読ませたかった。もし本当に国のためを思うのなら行くべき所、なすべき事が間違っていることに気づいたはずだ。行先は尖閣諸島ではないワシントンだ。もちろん、やるべき事は都が島を買うことではなく、上陸することでもない。先ずはアメリカの要人と会い、尖閣諸島を日本の領土と認めるか否か、万一の場合、日米安保条約を適用して一緒に中国と戦ってくれるか否か、その言質をとってくることだった。しかし都知事のままじゃダメ!お門(かど)違いだ。少なくとも外務大臣クラスの、国家を代表する資格がなければ相手にされない。そんなことは、この本を読めば高校生にも分かったはずだ。
 

 

 グッと砕けて。次は小渕首相〜森首相時代(98〜2000)のジョークというかアネクドートを一つ。

森首相はG8(沖縄サミット)を主催するにあたり、簡単な挨拶ぐらいは英語でと考え;

森: 「ハウ・アー・ユー」

クリントン: 「アイム・ファイン。アンド・ユー?」

森: 「ミー・トゥー」

とつづく英会話のレッスンを受けた。クリントン大統領と会った森首相は、さっそく成果を披露しようとしたが、最初のフレーズを間違えてしまった。

森: (手をさしのべながら)「フー・アー・ユー(あなたはだれですか)?」

クリントン: (驚きながら、とっさのジョークで)「アイム・ヒラリー・クリントンズ・ハズバンド(私はヒラリー・クリントンの夫です)」

森: (ほほえみながら)「ミー・トゥー(私もそうです)」

これは<もちろんジョークです。しかし当時の雰囲気は出ています>と断り書きがついた前掲書からの引用(p.333)だが、これを含む第六章「冷戦の終結と米国の変容」が<この時期、クリントン大統領からも、ヒラリー夫人(現在の国務長官)からも、中国の首脳とは知的会話ができるが、日本の首脳とは全くできないという嘆きが伝わってきていました>という話で締めくくられているので、上掲のジョーク紹介が単なる戯れではなく、日本の政治家と政界一般に対する痛烈な皮肉、と感じた。そういえばこのG8の主要議題の一つは「IT」であったが、森首相はこれを「イット革命とかイット技術」と読んで笑われたそうだ。従って著者は「日本の首脳」の知的レベルはこんなものだった、と明かしたかったのだと分かる。その人は、今もキング・メーカーとして自民党に君臨している。

 こうした「裸の王様」は後を絶たず、漢字すらまともに読めない(詳細→ようさい/踏襲→ふしゅうetc. )麻生首相や、1年で首相の座を放擲(ほうてき)する二世議員が相次ぎ、遂に自民党政権は頓挫した。その主因に世襲議員の多さをあげる論者が多い。確かに、自民党議員の2人に1人(約50%)、国会議員全体の約20%が世襲議員という現状は、議会制民主主義の先進国であるイギリス下院の3%やアメリカの5%と比べてあまりに多く、異常である。

これについては@世襲議員のからくり(上杉隆著/文春新書9年5月刊)A世襲議員-構造と問題点-(稲井田茂著/講談社9年7月刊)に詳しい。かつて日本は「経済は一流、政治は三流」と言われていたが、今や「経済二流、政治濁流」で政治はランキングすらできない。♪こんな日本に誰がした〜♪と恨み節の一つも歌いたいところだが、他責にしてすむ話ではない。責任の一半は我々選挙民にある。自分が変わらなければ相手も変わらない。ここは一つ、性根を据えて日々生起するさまざまな問題を自分のこととして受けとめ、対策を考え、それに沿った人物を見定めて選挙に臨むことにしよう。

 蛇足だが、世襲制・議員定数・議員歳費とその他手当等の因習や特権は、国会審議で改まることはないだろう。自分たちの既得権が侵害されることについては、全党派の圧倒的多数が結束してソッポを向くからだ。これを改めるには、世論の高まりを待つしかない。その意味で@参議院なんかいらない(村上正邦・平野貞夫・筆坂秀世共著/幻冬舎新書7年5月刊)Aこの国は議員にいくら使うのか(河村たかし著/角川SSC新書8年9月刊)を読んでおこう。@は過去に自民党・民主党・共産党の参議院議員だった人たちの鼎談で、夫々の実感を吐露しているから迫力がある。Aは「減税日本」の代表で、一人名古屋市長として気炎を吐く著者が、元衆議院議員の実体験に基づいて記した一種の暴露本。TVでおなじみのドン・キホーテ的キャラクターだから、話があけすけで面白い。(9月7日: オザサ)


Art Kane(1925-1995)

 54年前のJazz Portrait1958年、Art Kaneという男がEsquire Magazineに雇われて、初めての仕事がハーレムの路上でジャズ・ミュージシャン達の集合写真を撮影することだった。

その写真が1959年1月号に掲載されて、その後、数多いジャズ・フォトの中で歴史的な1枚となった。大げさにいうと世界中の人が目にした。今でも額に入れられたポスターがE万円で売られて商売になっている。

下の写真がその写真で、57人のジャズメンが写っている。
 


A Great Day In Herlem 1958 by Art Kane

 映画The Terminalスピルバーグ監督が2004年に”The Terminal”(空港ターミナル)という変わった映画を制作した。主演はトム・ハンクスのコメディ映画だが、この夏に知り合いのベーシストが「感動もののDVDを見ますか」といって貸してくれた。

その映画の中でこの写真が出てきたので「えーっ!」とびっくり仰天してしまった。私にとっては目に焼き付いているジャズ・ポートレートだったからである。

ド・ゴール空港で18年暮らしたナセリというイラン難民が実在する話が報じられたことがあるが、この映画のヒントとなっている。スピルバーグは、この一枚の写真とナセリの話を重ねて映画を作ってしまったのだ。

話の筋はこうである。旧ソ連圏のある国にジャズの好きな男がいた。彼はこの写真が掲載された雑誌を手に入れたのだろう。ここに写っているジャズメンのサインを全部集めようと奇想天外なことを思いついたのだ。

彼はアメリカに手紙を書き続けた。そして40年間に56人のサインを集め、あと一人で全員のサインがそろうという時にこの世を去ってしまった。もう一人とは、ベニー・ゴルソンというかつてジャズ・メッセンジャースのメンバーでもあったテナーサックスの名手である。最上段3人の向かって左にいる。

この親父の遺志を息子ビクターが継いで、ベニー・ゴルソンのサインをもらおうとニューヨークに向かった。ところがNY国際空港に着くまでの間に、母国でクーデターが起き無政府状態となり、彼のパスポートもビザも無効となってしまった。入国審査で許可が出ない。入管の責任者は帰国を促すが、ビクターは目的を遂げるまで帰るわけにはいかない。

彼はピーナッツの缶のようなものを大事に持っているのだが「Jazzの缶詰」だという。親父の集めたサインがこの缶の中にしまってあるのだった。宝物だ!Esquireの写真のページも一緒に入っていた。

ビクターは自国のクーデターが収まり正常化するのを待とうと空港ロビーで大工仕事のバイトをしながら暮らし始める。使用していない67番ゲートが彼のネグラだ。入管の係員や空港の労働者達はスパイじゃないかと怪しんでいたが人の良さを知ってビクターの味方となっていた。ついにある日彼らの誘導でターミナルから出て、ベニー・ゴルソンがライブ出演中のホテルに駆けつける。

本物のベニー・ゴルソンがこの映画に出ていたのだ。無事サインをもらうことになる。目的を果たしたのだ。タクシーで空港に向かう。

「さあ、家に帰ろう」
 

 58人目の人物ところで、集合写真には57人のジャズメンが写っているのだが、実は58人目がいたのだ。それはWillie "The Lion" Smithという1910年代からのストライド・ピアノ弾きである。Esquireに掲載された以外にも撮られた写真やシネが残っているのだが、そこにはライオン・スミスの姿が見られる。

ところが件の写真を撮る頃には、立ちん坊で疲れてしまい、はじめはLucky RobertsとMaxine Sullivanの間にいたのに抜け出して休憩を決め込んでしまった。

集合写真の場所の左側に階段がありここで休んでいたというわけ。それにArt Kaneは気がつかなかったらしい。

カウント・ベイシーはやはり立っているのが辛くて歩道に子供たちと一緒に座っている。

この写真を巡っていろいろなミュージシャンが放送や雑誌などからインタビューを何度も受けたということだ。誰が写っているのか調査をするためだ。

「Bill Crumpって誰だ?」ということで、知っている者がいないとか、いろいろミステリーじみた話がある。撮影に間に合わなかった者も3人いたという。この写真を撮ったのは午前10:30だった。何故そんな早い時間に撮影したのだろう?話のタネは尽きない。(2012/9/7・かっぱ)


始めはここにいたのに
 

こんな所でずっこけていた

    

この写真に誰が写っているのかに興味のある方は ⇒ こちらの拡大写真へ