Editor's note 2014/9


季節の花:百日草
 に秋になった。いつもなら甲子園の高校野球が始まる頃からアブラ蝉やミンミン蝉のやかましい鳴く音に、徐々にツクツク法師の軽やかな音色が混じり、決勝戦ともなれば法師蝉が主流となるのだが、今年はそれがなかった。広い木場公園を歩き回ってみたが一度もオーシーツクツクの声は聞こえなかった。それだけではない。群れ飛ぶ赤トンボの姿も見当たらぬ。猛暑日が続き、秋の先触れを待ちかねていただけにキツネにつままれた感じで、未だに秋が来たという実感がわかない。やはり異常気象のせいなのなのだろうか、それとも天変地異の前触れなのか。 何とはなしの不安がつのる今日この頃である。

 れにしても最近は不安にかられることが多い。「後期高齢者(75歳から)」となった一昨年頃から、急激に強まった意識なので一種の個人的末期症状なのだろうか。読書していると目がかすみ、長時間集中して読むことができない(失明しちゃうのだろうか?)。医院の待合室などで名前を呼ばれても急には歩き出せない。ヤッコラサと立ち上がり、腰を伸ばしてからおもむろに歩きだす(転んだらどうしよう?)。先日久しぶりにビールを飲んだが、ジョッキ一杯で5回もトイレに行った(失禁したらどうしよう!?)。久しぶりの発声練習(息が続かない、低音が出なくなった、もうシューベルトは歌えないのか?!)・・・何とも情けない話だが、そうした現実にうちひしがれつつ露命をつなぐのが老人の宿命と悟った。

 かし個人差が大きいのも老化現象の特徴である。恩師と比すのは失礼だが、私より11歳年長にもかかわらず岡田先生は格段にお元気で羨望の念を禁じえない。昨年米寿を祝われたが、今もご令室と共に楽友会の殆どの集まりに出席され、いつも颯爽と現役時代と変わらぬ優美なタクトで「若き血」や「青春讃歌」等を指揮してくださる。だが今年6月に開催された「岡田忠彦先生を囲む会」の記事(橋本曜/1期・著)には、何と先生が椅子に腰かけて指揮をしておられる写真が添えられていた。そんなお姿を見るのは初めてのことだったから、当日参加できなかった私は急に先生のお身体が心配になり、若山君(9期:愛称「カッパ」)を誘い先月早々、編集部として暑中見舞い方々お宅に伺い、直々のお話を聞かせていただくことにした。

 論的にご報告すれば(同じ写真を見て、私同様の心配で問い合わせてきた人が3人もいた)、岡田先生は来年卆寿(90歳)を迎えられるご高齢とは思えぬお元気さだったので安堵した。時おり塾高の音楽室に1人でお出かけになることもあるらしい。奥様ともども終始にこやかに応接してくださった情景は以前に変わらぬ雰囲気で、心あたたまるものであった。ただ「足がむくむのでねー」と呟かれたのが気になり、実際に見せていただいたところ、確かに両足にむくみがあり、それでは立って指揮なさるのはもちろん、諸会合に出席なさるのも大変だろうと合点がいった。

だが、やさしいカッパは既に先生ご夫妻に車での送迎役を申し出てくれていた。だから一安心ではある。とはいえカッパだってもう古希を超えた隠居の身。運転免許証の返納を迫られているはずだ。都心から元住吉の先生宅にお迎えに行くだけでもかなりの距離があるから心配である。くれぐれもお気をつけて運転してくださいな。

(2014年9月7日・心配性のオザサ)


古川精一(バリトン)

 の響き塾の大学院メディアデザイン研究科で博士論文を書くために奥出直人教授の研究室に通う東京藝大声楽科出身、二期会のバリトン歌手、古川精一が奥出教授に連れられて赤坂のLittle MANUELAに遊びに来た。

現役のオペラ歌手が、企業経営のイノベーションを地で行く塾内でも新しい大学院に籍を置いて研究生活を送っているいうのだから実に変わった人物といわねばならない。

それに、ジャズの店でクラシックの歌手に出遭うのは実に珍しいことです。
 

「慕情」他をバリトンヴォイスで歌ってくれました。その豊かな声量と重厚な歌はマヌエラに響き渡りました。私にも歌えと言うので2曲ばかり歌いました。

私の歌を聴いて、古川さんは、

「○○○だ!この声は500人に一人しかいない」

と目の色を変えて驚いています。言われた本人はちんぷんかんぷん???彼の発した単語○○○が何だったかも忘れる始末。

後日、古川さんのくれた解説です。

若山先生

あれは"Timbro"(ティンブロ:音色とか響きの意味)です!

よく「イタリアベルカントの声にはこのTimbroが要だ」といった表現をします。具体的には、鼻腔から頭蓋骨と副鼻腔に呼気圧によって送られた声の、うまく共鳴が共鳴腔と連鎖的にヒットしたベストな発声状態をいいます。声の中に、ピリピリチリチリといった響きが感じられるのが特徴です。

イタリアオペラを歌う歌手には必需品とみられています。イタリアでは"Timbro di voce"(直訳は「声の響き」ですが、具体的には前述のチリチリ響く共鳴腔と連鎖した声を指します)

バリトン古川精一

という難しい話です。彼の言っていることが理解できる人、あなたは声楽の理論家です。
 

 の4要素かつて、Jazz Vocalの大御所・沢田靖司が「歌の4要素とはメロディ、リズム、強弱、音色」と語ったことがありました。「音色」とは何だ?と聞くと「色気かなぁ?響きかなぁ?」と言います。この音色とか色気というのは、古川さんの”Timbro”に通じることだと理解しました。

その話を古川さんにしたところ、また、返信が来ました。

若山先生

Timbroをもっている人はお話したように、ほんとに稀なんです。若山先生は貴重だと思います。皆、このポイントを得るために必死に訓練します。イタリア人は比較的多くの人が持っています。


沢田靖司,2014/8

沢田さん知っています。3回ほど歌を拝聴しました。音楽の三要素(公立学校教科書に掲載)が「旋律、和音、拍子」です。歌はそれに「声」が重要な要素となります。さらにその「音色」のクオリティを追求したところに「声楽」があるわけです。

ダイヤモンドが、大きさと色透明度とカットで価値が決まるのと同様、声の音色(Timbro)は、ダイヤでいうところの「色透明度」に匹敵するでしょうか。声の宝石だと私は思っています。

齢70を越して、こんなことを初めて知りました。目からうろこです。何も意識して練習したわけでも何でもないのですが・・・。僕らは声楽家ではありません。生まれも育ちも卑しいジャズがやりたかったのです。きれいな声で、美しい声で歌おうと意識したことも努力したこともありません。それでは何を考えていたのか?

聴く人に歌の内容をどうやって伝えるか(歌うか)を考えて来ました。つまり、心のこもらない歌、説得力がない歌に価値を認めないというのが私のスタンスです。

声の良し悪しを考えたくない人間だったのです。きれいな声で味のない人が沢山いるでしょ、私にとっては最悪です。だみ声なのに味のある代表はサッチモです。

「いい声ですねぇ」と人に言われるのではなく、「いい歌ですねぇ」と人に言わせたい。

それが、わたしが歌いたい歌を書いてくれた人への恩返しとなります。ところが、結果的にいい声で歌ってしまっていたということです。音色がいいと褒められたのです。これには参りました。修行がたりねぇ!未熟者だ!
 

 103歳で大往生ニューオリンズのジャズ・ミュージシャンの中で最高齢といわれるトランペッター、Lionel Charles Ferbos1911-2014)が103歳の天寿を全うし、2014年7月19日にニューオリンズの自宅で亡くなった。ニューオリンズで生まれ、この地から離れることなく102歳まで現役で音楽活動をしていたのだという。

日本では誰でもが知っている名前ではないのは、昔ながらのニューオリンズのクラブやパレードで演奏することが主だったからであろう。生まれてから死ぬまでニューオリンズのTrad Jazzをやり続けたジャズマンだった。「モダンなんて知らねぇ!」といいメロディを忠実に吹き続けたのだ。

ニューオリンズ市民はジャズ葬(大パレード)でファーバスの生涯を称えたというニュースが出ている。R.I.P.(New Orleans Newsより)

(2014/9/7・かっぱ)


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