Editor's note 2015/9


季節の花:コスモス

 の夏は戦後70年の節目で、たくさんの記念行事が催されたり、新聞・雑誌等に特集記事が編まれたりして大変だった。ことほど左様に「節目」は人々に社会的行動を促す重要な契機となる。

それには「還暦」や「傘寿」、「銀婚式」に「金婚式」、あるいは「生誕X年」や「没後XX年」といった様々な種類があるが、スパンとしては25年→50年→75年とか、長いものでは50年単位の刻みがある。とはいえ通例は、やはり昔から「10年ひと昔」といわれているように、10年毎の節目を意識するものが圧倒的に多い。
 

 の伝でいくと「楽友会」の節目はどうなっているのだろう。高校楽友会はつい最近(‘14年3月)第50回定期演奏会を迎え、盛大な記念祝賀会も催した。大学楽友会は‘11年12月の第60回定期演奏会でメイン・ステージに林光先輩(故人・会友=創立メンバー)作曲の音楽劇「かしわばやしの夜」を据え、往時をしのぶよすがとした。が、特段の記念行事はなかった。そして、楽友会総体は2001年3月、楽友三田会の主導で「創立50周年記念演奏会と祝賀会」を盛大に挙行したが、その後は何もないまま今日に至っている。
 の個人的感想ではあるが、このままではさびしい。本当は50周年祝賀行事の盛り上がりが素晴らしかっただけに、その後は60周年、70周年と記念演奏会や行事が継続・発展していくものと期待していた。ところが案に相違し、楽友会が総体としてまとまって開催した行事は‘11年7月のAGFC(オール楽友会ファミリーコンサート)1回だけで、その後は高校・大学・三田会と広がる各楽友会合同の演奏会や記念行事は途絶とだえてしまった。このままでは3年後に迫る創立70周年(‘18年)も、空しく過ぎてしまうのではないかと危惧きぐしている。

 同演奏会や祝賀行事のよさは、50周年の時に参加された諸兄姉はよく覚えておられるだろうが、楽友会に名をつらねる(た)塾生・塾員多数が相集い、大合唱を唱和する喜びを体感しつつ、未知の会員たちともごく短時日で、自然に一体感をたかめ合えることにある。こんな体験は合唱団・楽友会であるからこそできるので、他のクラブや同好会などでは殆どまねのできない特権といえる。その特権を享受きょうじゅしないのは、あまりにもったいない!


彼岸花
 
 こで私は<「創立70周年」を記念する行事(演奏会・祝賀会あるいはその両方)を‘17〜‘19年中に開催すること>を、今年度第2回の代表幹事会の議題として提出させていただくことにした。前向きにご検討いただければ幸いである。「楽友」HPとしても積極的にPRし、実現に向けて盛り上げていきたい。わが人生、最後のご奉公と思っている。

(2015年9月7日/オザサ)

 

Oscar Hammerstein II and   
Jerome Kern

 Darby and Joan2年先輩の物識り、葛西さんがFacebookで「”Darby and Joan”になるまで楽しみなさい、人生は一度だから」という書き込みです。私がどれほどJazz好きなのかと、「かっぱとJazz」を「Darby and Joan」に例えたのでしょう。

ふと、私の頭をよぎったのはJerome KernとOscar Hammerstein IIの1937年の歌The Folks Who Live On The Hillの歌詞です。

しかし、”Darby and Joan”の原点は、1735年にHenrry Woodfallがロンドンの雑誌The Gentleman's Magagineに書いた詩、The Joys of Love never forgot. A Song.に由来する。HenrryはJohn Darbyのもとで印刷業の見習いだった男である。
 

後に”Darby and Joan”は「仲睦まじい老夫婦」という意味を持つ代名詞になった。


Darby and Joan(Royal Doulton)

Oscarさんは、200年後に”Darby and Joan”という老夫婦の名前を歌詞の中に取り入れている。200年前の雑誌の記事を知っているということです。驚くべき作詞家です。そう、それをご存知の葛西さんもすごい。私はたまたま歌を知っていたから。その歌詞には、

・・・・
And when our kids grow up and leave us
We sit and look at that same old view

Just we two, Darby and Joan
Who used to be Jack and Jill

・・・・

という一節がある。Bing Crosbyが最初に歌い、1957年になってPeggy Leeが歌いヒットさせた。

The Folks Who Live On The Hill とは、この年寄り夫婦のことを指しているのだ。

ところが、Peggy Leeは、Baby and Joeと歌っている。アメリカではDarby and Joanという名前の意味が、この歌が出来てから20年も経っているのに、まだ、一般人には通じなかったという解説がある。1981年にPeggy Leeが歌っているシーンがYou Tubeにある。そこでもBaby and Joeと歌っている。一生、こう歌ったのだろう。

なぜ、原詞のとおり歌わなかったのだろうと思うでしょ。それはですね。彼女は作詞家だからです。

 生の松さて、このような伝説は日本にもある。兵庫県の高砂神社の「相生の松」は一つの根から雌雄2本の松が生え、じょううば(いざなぎ、いざなみの尊)の宿る神木と称された。1600年代はじめ高砂神社開創から間もなく「相生の松」が生じたと伝えられている。「尉と姥」は”Darby and Joan”と同じく「老夫婦和合」の象徴である。


尉と姥

世阿弥の能「高砂」は相生の松によせて夫婦愛と長寿を愛で、人世をことほぐ大変めでたい能で、昔の結婚式では、

高砂や〜、この浦舟に帆を上げて〜・・・

と謡曲が演じられたものだ。「あいおい」は「相老」にも通じる。

Oscarさんが生きていたら教えてやるのになぁ。

 ートルズのタイトルボサっとして見ているとそっくりのタイトルの歌がある。”The Fool On The Hill”だ。翻訳すると「丘の上の愚者」となる。冗談でこういうタイトルを付けたのか、地動説のガリレオが愚者に仕立てられた。丘の上に立つ愚者が太陽の沈みゆくのを眺め、彼の心眼は地球が回って行くのを見つめている、と歌っている。

1935年の”I'm Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letter”というFats Wallerの弾き語りで有名なスタンダードがあるが、”I'm Gonna Sit Right Down And Cry Over You”というのが出てきた。タイトルだけパッと見て「また、やったな!?」と呆れたものだ。ビートルズ世代の人にはFred E. Ahlertなんて作曲家は知る由もない。

ついでにもう一つ。1934年の”P.S. I Love You”がある。Johnny MercerとGordon Jenkinsのコンビが書いた佳曲だ。知りながらか、知らずしてか同じタイトルの”P.S. I Love You”を1962年に発売した。レコードをプロデュースした人間達はそのことを知っていて、「A面には相応しくない」とこの歌をB面にした。後ろめたかったのだ。

おまけにもう一つ。ビートルズの”Yesterday”を聴いたとき、新鮮なメロディとユニークなコード付けにはびっくりしたが、とっくの昔、1933年にJerome Kern/Otto Harbachにより”Yesterdays”が書かれている。「何故、この人たちは紛らわしいタイトルの歌を出すのだろう」と思った。

私の周りには「ビートルズの歌は全部歌える」という人が3人以上いる。でも、こういうことをすべて知った上で歌っているのだろうか。

60年代に登場して世界の隅々にまでその名を轟かせたことは確かだ。しかし、ジョン・レノンが

  「ビートルズはキリストより有名になった」

とまで言ってしまった。若気の至りもここまで来ると・・・ネェ。しかし、後年、ローマ法王庁は「有名になった若者が豪語したに過ぎない」という見解(赦免)を出したそうだ。ジョン・レノンは子供扱いされたのですよ。

 Maxine SullivanのThe Folks Who Live On The Hill:ありとあらゆる歌手がこの歌をカバーしてきたが、私が一押しにするのはクロスビーでもペギー・リーでもない。1911年(明治44年)生まれのマキシン・サリバンの、しかも、このバージョンです。バックはライオネル・ハンプトン楽団で1955年のレコーディングです。

 

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マキシンは亡くなる前の年、1986年に富士通コンコード・ジャズで来日しました。わたしはこのお婆ちゃんが大好きでした。

(2015/9/7・かっぱ)


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