Editor's note 2016/12

 シェナンドー物語1800年代前半に歌われるようになったアメリカ民謡の”Shenandoah”という歌は、楽友会男声合唱の古典ともいえる特別の1曲です。この歌が懐かしくも今年のOSF男声合唱団のファミリー・コンサートで歌われることになりました。

昨年のOSF忘年会で、この歌の指揮者である佐々木高(ZZ)先輩から「かっぱぁ、”Shenandoah”のギター伴奏をやってよ」とのお誘いがあった。すでに譜面まで準備されていた。懐かしい”Shenandoah”の譜面をもらって帰った。むかし歌った歌詞とちょっとだけ違っている。ギターなんて何十年も弾いていない。指先がふにゃふにゃで弦が押さえられない。指先が硬くなるまで少しずつ慣らしていくしかない。

OSFの先輩が、カッパをステージに引っ張り出そうとするアイディアだった。カッパはクラシカルな合唱が歌えなくなって久しい。生れも育ちも卑しいジャズなんかを本気で歌うようになって、発声法が変わってしまったからだ。そんな後輩でも昔仲間として大事にしてくれる爺様たちの気持ちは何とも温かい。

多分、他の曲だったら「もう、弾けませんよ」と頭を下げたのかも知れないが、この歌はじつに悲しい歌なのだが、それ以上に心に響く物語がある。


Shenandoah River

アメリカ原住民はアメリカ・インデアンである。西部劇では、中西部の草原に住んでいることに決まっているのだが、もともと彼らはアパラチア山脈の麓など東部の豊かな土地に居住していたのだ。移民でどんどん増えてくる白人どもがインデアンを西部の居留地に追い払う政策を決めてしまった。彼らの土地を買い上げると称して僅かな年金を与え、事実上は追い払ったのだ。

恵み多きシェナンドー河が流れるヴァージニア州に住んでいたインデアンたちも西部の遠い地に強制移住させられた。寒い真冬にその「遠い道」でどれだけのインデアンたちが死んでいったか。3分の一とか4分の一とかが死んでいったのだ。その悲しみと怒りが、この歌”Shenandoah”と重なるのである。

この歌を歌うと彼らの姿が目に浮かんでくるのだ。ボサッと聞いているだけでは、この歌の意味が分からない。あらためて、かっぱ流の訳詞を見てください。誰が舟歌なんて言ったんでしょう。

SHENANDOAH
(アメリカ民謡)

1.
Oh Shenandoah, I long to hear you,
Way-hey, you rolling river
Oh Shenandoah, I long to hear you,
Away, we're bound to go
'cross the wide Missouri

おお、シェナンドー、おまえの水音を聞きたい
遥か遠い うねる河よ
おお、シェナンドー、おまえの水音を聞きたい
遥か遠くまで 俺たちは行かねばならない  
あの広いミズーリを渡って

2.
Oh Shenandoah, I love your daughter
Way-hey, you rolling river
Oh Shenandoah, I love your daughter
Away, we're bound to go
'cross the wide Missouri

おお、シェナンドー、おまえの娘*が恋しい
遥か遠い うねる河よ
おお、シェナンドー、おまえの娘が恋しい
遥か遠くまで 俺たちは行かねばならない  
あの広いミズーリを渡って

3.
'Tis seven long years since last I see thee,
Way-hey, you rolling river
'Tis seven long years since last I see thee,
Away, we're bound to go
'cross the wide Missouri

最後にお前に会ってから 
7年も経ってしまった
遥か遠い うねる河よ
最後にお前を会ってから 7年も経ってしまった
遥か遠くまで 俺たちは行かねばならない  
あの広いミズーリを渡って

4.
Oh Shenandoah, I'm bound to leave you,
Way-hey, you rolling river
Oh Shenandoah, I'll not deceive you,
Away, we're bound to go
'cross the wide Missouri

おお、シェナンドー、おまえを置いてかなければならない
遥か遠い うねる河よ
おお、シェナンドー、おまえを欺いたりはしない
遥か遠くへ 俺たちは
行かねばならない
あの広いミズーリの向こう側へ

*「お前の娘」はシェナンドー河が育む自然を意味する。シェナンドーを母にたとえ、そのすべてを娘にたとえている。と解釈している。

かっぱが妹のように大事にしているジャズ歌手、サリナ・ジョーンズは60年代半ばにアメリカの白人優越社会から逃げ出し、現在はロンドンに住んでいる。何と、彼女は白人を震え上がらせたスー族の戦士、White Horseの直系の子孫なのです。サリナはシェナンドーの流れるヴァージニア州の生まれです。

 

Severino Filho(1928-2016)


 74年間のコーラス活動に終止符編集ノート2013年6月号で紹介したブラジルの4人組のコーラスグループ、オス・カリオカスOs Cariocasのリーダーの死亡記事がブラジルのネットに出ました。

「Musico Severino Filho morre aos 88 anos no Rio de Janeiro」というタイトルですから半年も気が付かなかったものです。「ミュージシャンSeverino Filho リオデジャネイロに於いて88歳で死去」と書いてあるのです。

1942年、Filhoが14歳の時に誕生した古いグループですが、彼は結成時よりピアノとボーカルを担当し、今年3月1日に88歳で亡くなりました。

ジャズコーラスの草分けミルス・ブラザースは1922年に歌い出しています。4男のDonaldが7歳の時です。兄たちが死んでいき1人になりました。Donaldは息子のJohnと2人で歌い継ぎ、1999年に亡くなるときまで現役で歌っていました。Donaldは何と77年間歌っていたのです。
 

John H MillsはElmer Hopperと2人でミルスを続けています。1度だけ日本に来ましたが、何かあると私のところにメールをよこします。未だにアメリカという社会は白人優先の国で、彼ら黒人はその活動が制約されているのです。そのことを嘆いて一度は「これで止める」と宣言しました。私は「もういいよ、John。ミルスは91年も続いたのだ」と言ってやりました。しかし、回りが説得して2014年11月に、Jimmy Dorsey楽団とコンサートをやっています。ミルスブラザースは1922年以来、94年の歴史です。

お悔やみメールをメンバーで行き来のあるNeil Teixeiraに遅ればせながら出しました。ところが届かずに戻りました。oscariocas.com.brという彼らのドメインがネット上から消されていたからです。もちろん、ホームページも繋がりません。3月初めにリーダーが死に、半年の間にすべてが無くなりました。グループはリーダーの死と共に終止符をうったのです。
 

 それと対照的なのがマンハッタン・トランスファーです。あのTim Hauserが亡くなっても依然として続けています。先日も新メンバーで来日しました。同じ歌を歌い、同じことをやるのですが、

「Tim Hauserのいないマントラは、もうマントラじゃないよな」

というのが行って来た人の感想でした。そんなこと、私は行かなくても分かっています。マントラはTim Hauserが作ったのです。

 オス・カリオカスのリーダーへの思いあるいは忠誠心は日本人なら共感するのではないでしょうか。

しかし、死んだリーダーは、後任を入れて歌い続けてくれる方が嬉しいのか、グループ解散の方が嬉しいのか、どちらなんでしょうか?・・・。


Tim Hauser(1941-2014)

 2016年も終わりついに我が「楽友」も9回目の12月を迎え、今年もあと3週間ほどになりました。「楽友」をご支援いただき有難うございました。面倒くさい原稿書きをご協力くださった楽友の皆様に御礼申し上げます。いま、原稿をご用意中の筆者の皆さん「どうぞよろしく」です。

また、読者の皆様にも来年も変わらぬアクセスをよろしくお願いいたします。よいクリスマスを、よいお年をお迎えください。

(2016/12/7・編集部わかやま)


編集後記 図らずもオザサ主幹が亡くなった人のサイトへのリンクは外そうと提案してきました。新しい記事で更新されることもないとすれば、ただ空しいと感じるのかもしれません。それと符合するようなオス・カリオカスの記事を本ページで取り上げて書いているところです。何だか同期した話になってしまいました。そこで、主幹に同意してリンクから外しました。悪しからずご理解ください。

12月に入って親しいライトの後輩の葬儀がありました。続いて幼稚舎の同級生が亡くなりました。訃報を出したり、連絡をしたりバタバタしていて、編集ノートの準備が終わっているのに公開(目次からリンク)するのを忘れていました。(かっぱ・12/9)


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