Editor's note 2018/7

 HP「楽友」満10周年2008年7月7日に公開したHP「楽友」が満10周年です。「オール楽友会のホームページを作ろう!」とかっぱを誘ってくれた小笹主幹が71歳、わたしが67歳の時です。一体、この10年間にどれだけのページを書いたのでしょう。

今年終わりには、二人の平均年齢は80歳になります。そんな高齢の編集部ですが、つぎの10年に向けてGo!です。
 


小笹和彦編集部主幹

Facebookを始めとするSNSに夢中な人たちがウヨウヨいます。そんな楽友の1人に「リレー随筆に投稿しないか?」と誘ったら、「リレー随筆なんて見たことありません」だった。メールをする気にもならない。電車の中では、スマホ族がずらりと並んで作業中です。こんなネット時代になるとは思いませんでした。

「オール楽友会」という言葉を理解できる人が少しずつ増えてきました。6月17日は大学と高校の楽友会合同ステージを含む「サマーコンサート”○”」でした。釜井さん(65期)からの知らせを見て「おー、通じたんだ!」と思いました。

1948年に生まれた楽友会は、じつは今年が満70周年となります。多くの方が語るのは2001年にサントリーホールで開催された創立50周年記念コンサートです。しかし、その数年前から本当の50周年である1998年に開催しようと準備を始めたものが遅れに遅れて2001年になってしまったのです。

ところが1948年に生まれたのは音楽愛好会であり、「慶應義塾楽友会」が生れたのは1952年6月だと言う理屈がまかり通ってってしまい、3年遅れて開催した記念行事を正当化して皆を納得させてしまったものです。小笹主幹もFORUMの中で解説している通りです。

皆さん、楽友会創立70周年記念は2018年なのです。この話は、前会長だったY君にしたのですが、貸す耳を持たず無視されました。彼には何か別の理由があるのかも知れません。

本サイト「楽友」が10年続いてきたのは小笹和彦主幹がいたからです。71歳だったオザサ爺様が「Homepage Builder買ってきた」の一言に、かっぱは「これは、おれが手伝わなきゃ」とコンビを組んだのです。90年代の初め、私が計算センター所長だった頃、H大学のホームページを所員のプログラマーに作らせました。その時、一番信頼性の高いDreamweaverというWeb編集ソフトを使わせました。これはプロ用のソフトで細かいデザインが自由にできる優れモノでした。HPビルダーは素人がホームページ作りをするために開発された簡易ソフトだったのです。かっぱにかかると「こりゃダメだ」になるわけです。なに、かっぱも買って試してみたのです。
 


浅海直之(13期)


林みつえ(20期)

 10年ぶりの編集部改革かっぱが敬愛する小笹主幹が自分の身の自由が段々きかなくなり、そろそろ、「楽友」編集部主幹の任を退く時期が来たと判断しているようです。

でも、カッパ一人に何もかも任せたと言って辞めてしまうのは無責任すぎる。HP「楽友」では、オール楽友(三田会メンバーから大学現役、さらに高校・女子高の楽友会まで)の各組織から演奏会をはじめ活動の報告原稿が編集部に送られてきます。さらに、「楽友」にはすべての会員個人からの投稿・寄稿を受けて文字通りオール楽友会のホームページができあがっているのです。その原稿依頼と管理をするのは編集部の2人の爺様です。それが1人になってしまう心配を主幹はしているのです。

そこで、2,3の人に声掛けをして編集部の委員を依頼しようと考え、「そのための相談会を7月3日に竹橋のKKRホテルでやろう」という事になりました。
 

その2日前はOSFの第7回ファミリーコンサートでした。体調がよければ必ず聴きに来るところですが、血圧が不安定になって欠席でした。小笹主幹はOSFの最初の指揮者だったのです。その2日後もすぐには回復はしません。

KKRのロビーに集まったのは、浅海直之君(13期)、林みつえさん(20期)と私の3人でした。今後は編集部の仕事はこの3人と何年か前からかっぱのタイプミス校正秘書だった久保美恵子さん(12期)を編集部委員に加えて進めて行きます。2人には原稿依頼・原稿収集・原稿校閲などをお願いします。今後、編集部委員浅海、編集部委員林の名で面倒な依頼が届くと思います。皆さん、よろしくご協力のほどをお願いします。カッパも今まで通りしつこい書かせ爺を続けます。


久保美恵子(12期)
   

 手始めの仕事かっぱという動物は物事はすぐにやる習性があります。会合のあったその晩のうちに「指令」が飛びました。

これまで、「楽友」には1966年に楽友三田会が発足してからの「楽友三田会役員歴」が書かれていません。半世紀遡って議事録や記録を辿らないと出来ない仕事です。「楽友三田会会報」は原則年2回配布されていますが、一部の記録しか書かれていません。しかも創刊が1979年です。

もう一つの資料は名簿です。編集部の手許にある名簿は1977年、1979年、1998年、2002年、2008年、2011年、2014年、2017年の8部です。77年と79年の名簿は亀井淳一君(29期)から預かっている名簿です。4年前の2014年に「記念文集」の1コーナーに「楽友会名簿物語」を書きました。亀井君は自分が高校楽友会にいる時の名簿を貸してくれたのです。未だ返していないので、ここにあります。

一番古い楽友会名簿は、1952年6月に誕生した「慶應義塾楽友会」の名簿です。大学1年から高校1年までの楽友会員が載せられています。最上級生が筑紫さんや長谷川さん(1期)の学年で、一番若いところは、小笹さん(4期)という名簿です。ガリ版の印刷です。小笹主幹はこの初代名簿を失くさずに取ってあったのです。

1952年、1977年、1979年、1998年、2011年の5冊の名簿を並べて、その歴史の流れを見てみたのです。面白かったです。名簿が私に楽友会の歴史の一面を語りかけて来ました。この原稿をアップしたところ、無名の書き込みがBBSにありました。「昔の名簿をこんなところに載せるのはいかがなものか」というものです。obと名前の欄に書かれていました。obさんは名簿が何を語るのかが分かっていないのです。小笹主幹がこの書き込みへの返答を書きました。ご覧になった方はいらっしゃいますか?BBSを開いてご覧なさい。

ここで、読者の皆さんへのお願いです。海野英俊君(34期・事務局長)から1992年と1995年の名簿が提供されることになっています。それより古い名簿をお持ちの方は、「楽友三田会役員リスト」の部分のコピーを送っていただけませんでしょうか?メール添付でもFaxでも郵便でも結構です。 ⇒ 編集部紹介

 かっぱのお願い小笹主幹の編集部引退は認めます。10年間、お疲れ様でした。今後は気が向いたときに「楽友」を開いてください。自由で建設的な提案も下さい。しかし、編集部の名簿から名前を消すことは致しません。「主幹」という役職は「俺は○○長っていうのは嫌だなぁ」と、普通なら「編集長」となるところを自ら「編集部主幹」としたのです。その話は、⇒ こちら

というわけで、実務はすべて免除です。皆さん、OKですよね?でも、「編集部紹介」のページでは終身主幹のままです。よろしくご理解願います。

(2018/7/7・わかやま)


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