リレー随筆コーナー

ある日のできごと−お墓参りに行きました

 

野辺地きみ子(2期)


今年(08年)の新年会でのこと。「ネェー、暖かくなったら、みんなでお墓参りツアーなんかしない?」。と、とんでもなく素敵なことを思いついた人がいて、「いいね、いいね」「行こう、行こうよ」「お弁当なんか作って交換したりなんかしてさ」などと、その場に居合わせた人たちはすっかりその気になって、マイクロバス1台くらい軽く借りられるくらい、参加希望者がでてきたのですが…・・。 暖かくなっても、なかなか連絡が来ない。何しろ眠っていらっしゃる方々の霊園が谷中や青山くらいならともかく、富士だ、鎌倉だ、生田だとなるとやっぱり一日では無理なプランだったのかもしれません。だから、その話はさておいて。

私たち2期の有志が、この度は加来昭子さん(2期)のお墓参りに出かけることにしました。というのも、私たちには加来さんとの特別の日(あれは亡くなる日のちょうど2カ月ほど前)の思い出があって、それが、今までずっと心のどこかにひっかかっていたからです。あの日も「何かおいしいものでも食べて、おしゃべりしようね」と同期生が自由が丘に集まって、中華料理を分けあいながら、ワイワイ楽しく過ごしたのですが、加来さんはいつもと全く変わらず、よく話し、よく食べ、よく笑い、半年前になさった大病への気づかいなど、打ち消すような元気な様子でした。おまけに「モンブラン」に寄って、昔ながらの大きなケーキを平らげたりして、みんなはひそかに「良かったね」「治ったんだ」、と思っていたのです。

それから直ぐに亡くなられた加来さんのことを思うと「あれは、いったいどういうことだったのかな?」「僕たち、だまされていたんだよね」「いや、本当にあの時は調子が良かったんじゃないかしら?」「どこか具合が悪ければ、あんな風にはしていられない筈」等と、もしかしたらご本人も気づかない間に進行していた病気の恐ろしさに、やりきれない気持ちになっていたのです。

で、4月23日、私たちは小平霊園を訪ねました。よく晴れた美しい日でした。「その日なら」、と案内してくださった加来さんのご主人と、広々として、若葉の緑が目にしみるような霊園内を15分ほどゆっくり歩いてお墓につきました。加来氏が「毎月の命日には、必ずここに来ています」とおっしゃるお墓は昭子さんにもふさわしく、きっちりとして、お掃除もひときわ行き届いていました。背負った大きなリュックから、次々といろいろな道具を出して、いそいそとその辺を清めたり磨いたりなさる加来氏の姿は、「うちの主人は、コーヒーを沸かすことしかできないのよ」、と生前の昭子さんからうかがっていたイメージとはかけ離れていましたが、これまで完璧主義の奥様に、何から何まで頼っていらっしゃったご主人が、今度は自分の番と、毎月むしろ楽しみに、お参りに通っていらっしゃるお気持ちが分かるような気がしました。お花を上げ、お水を上げ、明るくやさしそうな加来氏と、そうやって昭子さんの墓前で、しばし語らいながら、無事お参りをすませました。

とっても良いお墓参りができたのに、また帰り道、ぽこぽこ歩いていると、青い空に、若き日の同期のアコ井上アキ子さんや、くっさん(楠田さん)、まっちゃん(松延さん)たちの姿が浮かんできたりして、なんだか、あっちの世界にいる人たちのほうが羨ましくさえなってきました。・・・「もういやだよ。この中の誰かが病気になったり、倒れたりしても、もう、お見舞いにも、お葬式にも、行く気になれないかもしれないよ」・・・ふと漏れた、この誰かのつぶやきは、とり残されたくないと願う、みんなの実感でもありました。 あの頃、私たちみんな仲よしで、歌ってさえいれば仕合わせだったのですもの。

お墓参りって、亡くなった方々に近づきに行って、もう決して会えなくなってしまった淋しさを、しみじみ味わう行為なのですね。(08年8月記)

バトンは3期のはっちゃん(篠原初子さん)にお渡しします