リレー随筆コーナー

我が愛しのヴァイオリンに夢をたくし…


高橋 俊樹(27期)


バッハ無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番アダージョ。

G minorの和音で荘厳に始まり、全く同じ和音で静かに終わる。G、D、A、E線の5度で張られたヴァイオリン4本の弦を、フルに生かした重音で奏でる和音を軸に、その間をシンプルではあるがしっかりとした主張を秘めた旋律が走る。これから展開される、1挺のヴァイオリンによる無伴奏での壮大なドラマを暗示するかのように。

全6曲のソナタ及びパルテータは、1挺のヴァイオリンであたかも2挺のヴァイオリンで弾いているように錯覚させる技巧をはじめ、難易度高い曲を含み、無伴奏のヴァイオリン曲のまさに古典として多くの演奏家達に愛され続けている。特に、その第1番の導入を飾るソナタ第一番アダージョは、派手さはないが人間の心の深層に響き、聴く人の気持ちを高揚させ揺さぶる。

来年5月で還暦を迎える私ですが、これまでの人生を顧み、そして、これから始まる第2の人生に向け思いを込めるに相応しいこの曲を、本稿の主題であるクレモナ生まれのヴァイオリンで演奏したいという衝動を抑えることはできず、無謀と知りながら挑戦してみることにした。

私は、この曲に魅せられヴァイオリンを再開したのは11年前の48歳の時でした。再開したというのは、宇都宮高校時代に部活動で管弦楽部(当時オーケストラがあった高校は全国的にもめずらしかった)に所属しヴァイオリンを手にしたのが最初で、進学校では珍しく、受験勉強そっちのけで高校3年生の10月の文化祭までの2年半、自己流だが夢中に弾いていました。当然の結果、受験は失敗し1年間の浪人生活を経て慶応大学に入学。早速ワグネルオケと思い見学に行きましたが、あまりに高いレベルに入団を躊躇、それ以来30年間ヴァイオリンに触ることもありませんでした。

しかし、そのおかげで、楽友会に入団、混声合唱、しかも、宗教曲というとてつもなく広大な世界を体験し、また、なにより素晴らしい仲間と出会うことができた4年間は、私の人生観に多大なる影響を及ぼしたことは言うまでもありません。

楽友会現役時代、定演30回記念でのドイツレクエム。まだ組織も小さかった楽友三田会には資金面でご支援いただきました。また、私のふるさと宇都宮での早混とのジョイント演奏旅行実現。宇都宮三田会および宇都宮稲門会のご支援をいただきました。このように諸先輩方にお世話になったにもかかわらず、卒業後の35年間、仕事、家庭の事情もあり楽友三田会の行事等への参加できず、不義理をしていること心苦しかぎりです。この場を借りて深くお詫びいたします。

さて、本題に戻り、私のヴァイオリンについて語らせていただきます。

2014年イタリアのクレモナというヴァイオリンの聖地で生まれた楽器です。製作者は菊田浩さんというクレモナ在住の日本人です。菊田さんは、もともと、NHKの音響技術者として長年お勤めされていましたが、ヴァイオリンに魅せられ、そして製作の夢を追い、40歳でイタリアのクレモナに渡り、国立弦楽器製作学校を首席で卒業されました。その後、現代のクレモナ派の巨匠二コラ・ラザーリ氏に師事し、2006年には、第11回ヴィエニアフスキー国際ヴァイオリン製作コンクールで日本人として初めての優勝。さらに、翌年、諏訪内晶子が日本人で初めてヴァイオリン演奏部門で優勝したことで有名なチャイコフスキー国際コンクールにヴァイオリン製作部門で参加され、みごと第1位ゴールドメダルを受賞されました。その後も数々の名だたる賞を受賞し、今や世界の菊田ヴァイオリンとして確固たる名声を築かれています。

私のヴァイオリンの師である平尾和香先生(現在ベルギー在住)が、菊田さんと懇意にされていた縁で、ご紹介いただきお会いさせていただきました。その時はすでに世界的名声を博されていましたが、お忙しいにも拘らず、ヴァイオリン製作の過程について苦労談を交え丁寧にご説明いただき、また、クレモナの街の様子なども語っていただきました。職人としての考え方、そして、何よりも菊田さんの紳士で優しいお人柄に感激しました。

その際、初めて作品を拝見。お人柄から滲み出てくるような優しいボディーの曲線は、この上なく美しく、そして、芸術的な滑らかさで、先端の渦巻き部分はクレモナの神髄である手作りの掘りが、人間味あり、かつ、たまらなく愛らしく感じました。西洋の伝統的な楽器製作技術のすばらしさは言うまでもありませんが、日本の世界に誇る古くからの伝統工芸、並びに、美的センスのDNAを引き継いだ日本人の職人によって、さらに進化しているという事実を目の前にし、ただ驚くばかりでした。試奏もさせていただきましたが、私の腕が悪いので、正直なところ、本当の良さはわかりませんでしたが、弾きやすさという点で逸品であること間違いないと確信しました。

その場で、私だけの世界に一つしかない菊田ヴァイオリンの製作をお願いしました。

クレモナ派のヴァイオリンは、完全手作業による製作手法が伝統であり、そこがフランス系、ドイツ系と一線を画しているそうです。そして、菊田さんは、ご自分で納得いく作品しか出荷しない主義で、注文者の顔を思い浮かべながら1挺1挺製作するため、せいぜい1年に6挺程度が限界だそうです。結局、私のヴァイオリンが誕生したのは、それから3年後、菊田さん87挺目の作品です。


製作者 菊田 浩さん

私の愛器についてご紹介させていただきます。

モデル:
アントニオ・ストラディバリ“1705”
製作年:
2014年
 徴:
裏板〜 二枚板 虎杢のカエデ材、下がった虎杢
 
横板とネック〜 虎杢のカエデ材
 
表板〜 二枚板 イタリア産のモミの木、規則正しく目立つ木目
 
ニス〜 透明なオレンジブラウンで下塗りは黄色

私のリクエストをお聞きいただき、赤みのやや強いニスを、裏板は二枚板を、そしてネックはやや細めの作りにしていただきました。また、未熟物の私のことを配慮していただき、表板には菊田さんご用達の木材屋から特に音が響く板を調達頂きました。


愛器と共に

私の手元に届き、初めて手にとった時、感激に手が震え弓もまともに持てず、弾くどころではありませんでした。ニスの香り、木の香りがまだかなり残っていて、まさに呼吸をしている生き物のような感覚でした。とてもクリアーでまさに若い音色ですが、特に高音の響きが自然で素晴らしく、弾いていると耳元からガンガンと板に反響した音が聞こえます。ヴァイオリンは、まさに生き物と同じで、弾きこむことにより年々響きが板に馴染み共鳴していき、円熟味あるまろやかな響きに育っていくものと言われています。

これから先、このヴァイオリンがどういう運命をたどっていくことか知る由もありませんが、ストラディバリ、ガルネリといったクレモナの歴史的名器のように、300年後、世界の名器としてこの菊田ヴァイオリンが世界の一流の演奏家によって演奏されていることも、あながち荒唐無稽な話でもないかもしれません。菊田さんご本人も、300年以上使用に耐えうる楽器を常に頭に描きながら、製作しているとお話しくださっています。

冒頭にお話しいたしましたが、私の菊田ヴァイオリンを皆様にご披露する機会を予定しています。来年5月6日(日)千代田区立内幸町ホールにて室内楽演奏会を計画しています。日程が合えば菊田さんご本人にもご来場いただき、バッハ無伴奏ソナタ第1番アダージョ、そして、菊田ビオラを所有されている我が師の平尾和香先生とのデュオでモーツアルトのヴァイオリンとビオラの為の協奏曲を演奏できることを夢見ながら、これから1年間頑張ってみようと思います。

(2017/5/27)

さて、バトンは柳 紀行28期)さんが、お引受け下さることになりました。(5/28)

    


編集部より 高校生時代に弾いていたヴァイオリンを48歳の時に再開したというのは素晴らしい話だ。また、ヴァイオリン製作者の菊田さんの写真は、わざわざ本稿のために送ってくださったものだという。有難うございます。

高橋君の夢が叶うこと、間違いありません。

「次に引き受けてくれる方がまだ決まりません。引き続き、何人かに当たってみます」とは著者のメール。これを読んでおいて、引き受けない人には罰が当たります。(5/27・かっぱ)


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