リレー随筆コーナー

料理と私


久布白兼行(高12期)


今回、リレー随筆のバトンを同期の高階厚史君から受け取った。内容は楽友会のこと、あるいは何でも結構とのことであった。さて何を書こうかと思案し、最初は高校楽友会の想い出かな、と考えた。しかし人生を振り返るのもよいが、前向きな視点を考え、料理の話をさせていただくことにする。

「料理教室へ」
私は約1年半前から料理を始め、週に3回程度キッチンに立っている。今はクックパッドなどで容易にレシピを閲覧することができる。しかし最初は何もできないので、基本を習おうと思い立ち、月に1回某料理教室へ足を運んだ。昨今、男性の料理人口は増えているようで、男性だけの教室もあったのでそのクラスにした。教室に参加してみると、4人一組でその日のテーマの料理を作る。参加者は私と同年代の還暦世代もいれば、また若い一人暮らしの青年など多彩であった。各人、料理の目的は異なるが、同じ志(?)を共有するもの同士、すぐに意気投合して教室の先生の講義を拝聴した後、包丁を持ち、肉や野菜など食材と格闘し下味をつけて、その後鍋やフライパンに向かう。料理が出来上がると、男性4人でワイワイ言いながら、「おいしくできましたね〜」とはしゃぎ気味にお腹へ入れていく。今まで経験したことが無かった、新しい楽しみの発見であった。

「自分好みの味になる」
料理教室は参考になったが、自らが料理を作るためにはそれだけでは十分ではない。クックパッドやテレビの料理番組を観るようになった。以前、カレーやチキンクリームシチューを作って勤務先の同僚に“試食”をお願いしたことがある。「優しい味でおいしいですね」とのコメント。もちろん社交辞令の部分は差し引いて考えるべきであろうが、嬉しいことである。とりわけ女性にこのようなコメントを頂けると嬉しい。

私はどちらかと言えば薄味の方が好みだ。素材そのものを味わいたいからである(と生意気なようであるが)。とは言ってもあまり塩味などが足りないと間が抜けた感じになる。不思議なことに出来上がりはほぼ自分好みの味になっている。胃にもたれを感じないし、満足感がある。自分の好み、合った味になるから自分で作ろうと思うのであろう。

「毎回オリジナルができる」
同じ料理を作っても同じ味にはならないと気付いた。塩加減やその時の肉の脂の乗り具合、野菜の新鮮さ等いろいろな要素で微妙に味が違ってくる。その違いがいいと思うし、まさに化学などの実験と同じだ。この辺がおもしろい。料理教室で温泉卵の作り方を教わった際、お湯に酢を入れてきっちり時間を測って茹でた時には本当に化学の実験だと思ったものである。まさに毎回作るごとにオリジナル、格好良く言えば世界に二つと無い文字通り一品である。また、カレーを作っても今日はちょっとスパイスを変えてみよう、など工夫することも料理の醍醐味の一つと感じている。

「料理は芸術である」
日本画家の同級生がいる。先日、彼が都内の某百貨店で個展を開催したので観に行った。その際、インタビュー形式のトークの時間があった。彼の話の中で「料理も芸術です」という言葉があった。へー、料理も芸術なんだと思った。料理はただ単に生きていくために食べる手段ではなく、芸術とのこと。確かに料理ごとに同じものはないであろうし、“作品”といえよう。そして彼の言葉に感動したのは「芸術はコミュニケーションをするため」という一言。およそ芸術というものはすべて作品を通してそれを観たり、聞いたり、鑑賞する人々と何らかのコミュニケーションをとることが大事だとのこと。確かに料理も作って自分だけで食するのは少し物足りない。他人様に食べていただき同じ時間を共有し、できれば何か感想を言っていただけたらこれ以上に嬉しいことはない。先に述べた同僚にお願いした“試食”はまさにコミュニケーションである。

「楽しみとしての料理」 
人間生きている限り食は必須である。食べるために作ることは負担に感じることもある。しかし、仕事帰りでちょっと疲れていても大変よい気分転換になっている。今、私の日々の楽しみの一つはスーパ−やデパ地下で食材をながめて、お店の人とトークを味わいながら気に入ったものを求め、何を作ろうかと考える帰り道である。

世はSNSをはじめとしてコミュニケーションのツールは多様化の一途を辿っている。一方、料理を通してのコミュニケーションは私にとって格段の味わい深い楽しい時となる。結びに、今回バトンを渡してくれた高階君に感謝している。そして、オール慶應楽友会の随筆リレーは人生を振り返りつつ、楽しい合唱を想起する心温まるコミュニケーションの場としてさらに大きな輪となることを祈っている。

(2019/3/18)

バトンですが同期の小野眞史君が引き継いでくれることになりました。

(2019/3/25)

    


編集部 久布白君に「原稿お忘れじゃありませんか?」とReminderメールを出したら、あっという間に書いて送ってくれました。編集管理人はホッとしたところですが、これでは未だ半分です。リレーのバトンをだれにも渡さず、久布白宅に置きっぱなしになっています。

このケースが実に多いのです。久布白君、バトンリレーをして使命が果たされます。リレーをつなぐよう頼みますよ。(2019/3/18・かっぱ)


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