リレー随筆コーナー

つながり

 

松本 宏太(57期)


50期の石井奈央さんからバトンを受け継ぎました、57期の松本宏太と申します。

こういう形で書かせていただくのは実は2度目になります。9年前の私が大学2年生のとき、「これも合唱だったのか!」というタイトルで、楽友会に入団して主に取り組んだ「シアターピース」について書かせていただきました。(そういえば、成人式が終わったあとくらいに、ぜひ楽友会に携わる皆様にシアターピースの面白さを伝えたいなぁ…とふと思い立ったのがきっかけでした)そのときからもう9年が経つなんて、時の流れは早いものです。

さて、少し私個人の自己紹介ですが、私は中学まで茨城に住んでおりましたが、高校は慶應義塾の一貫校である慶應志木高校に進むこととなり、それから東京に住んでおります。中学時代は野球部に所属しておりましたので、高校に入学と同時に硬式野球部に入部、以降甲子園を目指して毎日野球の練習に励んでおりました。(もちろん、勉強もしておりました…最低限?笑)

何よりも、あのグレーの「KEIO」のユニフォームに憧れておりましたし、ちょうど入学する2005年の春のセンバツで、慶應義塾高校が45年ぶりに甲子園に出場し、アルプススタンドの大応援団による「若き血」や勝利後の「塾歌」をテレビで聴いたときに、なんと素晴らしく、かっこいい曲なんだ、と感動したことを覚えております。そういったこともあり、迷いなく硬式野球部に入部しました。ただ高校時代はケガをしたこともあり、野球部の練習に行けない期間もあれば、試合にも到底出ることはできない状態が続きましたが、あの3年間で学んだ経験は今でも生かされていることがたくさんあります。

さて音楽はというと、小さい頃からピアノを弾くことや歌うことは好きでした。特に中学校の校内合唱コンクールは、合唱がさらに好きになるきっかけでもありました。

高校時代にケガをしたこともあり、一方で大学時代はしっかり活動している団体に入りたい!という想いもあり、大学に入学してからはいろいろな団体・サークルを探していたところ、楽友会に出会いました。(野球とも関わりたかったので、もう一つ「慶早戦支援委員会」という野球慶早戦のチケット販売や前日・当日の警備、観客誘導等の運営サポートを行う団体にも入りました。興味ある方はぜひそちらにも加入してください!笑)

当初練習見学いった段階では、なんとなく自分に合わないかなぁ…と感じてしまった部分もあり、他のサークルでも探すかと思っていました。笑・・
そんなある日、「新歓パーティーがあるから来てください!その前の時間で楽友会ボイストレーナーの横尾先生にパート分けをしてもらえますので、入団するしない関係なくどうぞ!」との連絡を先輩から受けましたので、せっかくだから、と参加しました。

パート分けでは、新入生がずらっと横に並び、一人ずつ、みんなが聴いている前で声を出す、という緊張感がありましたが(てっきり別室で一人ずつやるのかと思っていました)、そんなとき、横尾先生から「あなた野球やってたの?いい声してる、楽友会入りなさいよ」とのお言葉を頂き、その場で「はい!」と、野球部で培われたすぐに返事をする、という精神でとっさに即答してしまったのを思い出します。

その後、新歓パーティーや普段の練習にて先輩方と関わっていくうちに楽友会に魅力を感じはじめ、何よりも当時アンサンブルトレーナーの横山琢哉さん(以下、たくやさん)や、当時常任指揮者の栗山文昭先生の練習を見学したときに、「なんと音楽は素晴らしいんだ…野球と合唱って全然違うと思っていたけれど、合唱だってチームスポーツと変わらない、何よりも先生方の一つ一つ丁寧な練習でみるみる音楽が変わっていくのが肌で感じられたとき、ただただ感動しかない」という感覚となり、入団をすることに決めました。

入団してからは楽しい日々が続いたのですが、合唱はただ立って歌うもの、と思っていたところ、衝撃的だったのは、定期演奏会のメインステージではシアターピースという動きながら歌う、という作品をやると聞いた時でした。夏頃から演出家のしままなぶ先生(以下、しまさん)による演出稽古も始まったのですが、これこそまさにスポーツだし、なんと動きながら、しかも歌も歌わなければいけない、これは大変なことをやろうとしている!とそのときから思いました。そんな感覚を抱きながら、私が現役のときには第57回定期演奏会から第60回定期演奏会まで毎年メインステージにはシアターピース作品を演奏する機会に恵まれました。

卒業してからも、嬉しいことに楽友会とは関わることができておりまして、何か現役のためにできることはないかなと思いつつ、「金は出しても口は出すな」といういわゆるOBのあるべき姿?を守りつつ…笑
とある代は練習ピアニストをやらせていただいたり、またとある代は舞台監督のサポートを、とある代はちょくちょく練習を見させていただいたり、を繰り返していくことで、今年の現役(はなんと68期!)まで毎年関わることができております。

私が大学4年生の時の1年生(60期)が4年生のときの1年生(63期)が4年生のときの1年生(66期)が今現役の3年生であり、その1年生が68期、ということになります…(わかりにくいですが)
今の68期の方々は、私が楽友会に入団したときは小学校2年生だった、とわかったときは、さすがにびっくりしましたね。笑

年々、仕事の関係や家庭の都合等により私自身もなかなか歌えなかったり、練習にお邪魔する頻度は減っているのですが、あと1か月後に迫った定演に向けた秋合宿に、久々にお邪魔してきました。


2019年 秋合宿

ちょうど第3ステージの「賢治と嘉内 銀河鉄道の二人」の通し練習が行われていました。

昨年はブラームス「ドイツ・レクイエム」、一昨年は寺嶋陸也さん作曲「沖縄のスケッチ」、3年前はカンタータ「土の歌」と、いわゆる一人一人にセリフがあり、シアターピース(とも合唱劇とも)、と呼ばれる作品は久々とのことでしたので、どんな感じかなぁと楽しみに聴かせて(見させて)いただきました!

指揮のたくやさん、演出のしまさんとの時間は本当に濃い時間であり、みるみる良くなって完成されていくのが感じられる贅沢な時間でした。

1年生から4年生まで、みなさん一人一人が、自分は何をすべきか考えながら、気が付いたところはすぐに意見を言ったり、ほかにも演出の衣装や道具、演出記録の作成など、歌うこと以外にも積極的に各々取り組んでいる様子が伝わってきましたし、チームが一丸となり同じ方向に向かっている様子をみていると、すごく嬉しい気持ちになりました。そこが楽友会の代々培われてきた良さだなあ、とも思いました。(また野球の話で恐縮ですが、今年19年ぶりに大学野球部は日本一となりましたが、強さの要因の一つは、ベンチに入れなかった選手も、一人一人がチームが勝つために何ができるかを考え、実践し、貢献する主体性をみんなが持てていたから、という記事を見ました。合唱の場合、選手、控え、という考え方は当てはまらず、全員がスタメンの選手ですが、一人ひとりが主体性を持つことは、これだけ大所帯になるとなかなか難しいこともありますから、そういう意味でも嬉しいです。)

まだまだ書き足りないこともあるのですが、だらだら長くなっても良くありませんので、この辺で結びとさせていただきます。

私が入団してから12年が経ち、メンバーは毎年変わりつつ、また練習の雰囲気や環境などは当時とはガラッと変わってはいるのですが、音楽に対する姿勢は本当に素晴らしく、これからの楽友会も楽しみです。

現役のみなさん、ここでの経験は必ずこの先も活きていきます。本当に良い経験ができる団体です。4年間はあっという間ですから、学業やバイトなど、様々な環境下で両立は大変だと思いますが、ぜひ辞めることなく!続けてみてください!卒団してからわかる良さも、たくさんあります!

今年は第68回定期演奏会、12月25日(水)のクリスマス、なかのZEROホール、とのことです。
仕事帰りでも、休みの方でも、ぜひ後輩みなさんの本番を聴きにいきましょう!本当にすばらしい演奏会になると確信しております。毎年行かれている方も、久しく行けなかった方もいらっしゃるかとは思いますが、演奏会に聴きに行くことが、私は一OBとしてできる現役への貢献のひとつ、ではないかな、と思っております。

まとまりがなく書いてしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
引き続き皆様、よろしくお願いいたします。

    


編集部 松本君からリレー随筆の原稿が届きました。現役時代の秋合宿シアターピースの話を書いて送ってくれたのは、2010年2月でした。あっという間の10年です。

われわれが現役だった50年代終りから60年代初めにかけて、1期生の長谷川さん、2期生の松延さん、3期生の佐々木さんらが志賀高原上林温泉での夏合宿に来てくれたのは、ついこの間のようです。楽友会の「縦のつながり」は昔々からのものです。(2019/11/23・かっぱ)


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