リレー随筆コーナー

私の音楽活動の思い出

 

赤松  清7期)


高校入学時に楽友会(音楽愛好会)に入部し、以来学生時代は合唱とオケ活動。
社会人になってからは音楽と縁が薄れたが50代に縁あって音楽ボランティア活動を始め、定年後64歳からアマオケ2団体に所属し、アマチュアとして音楽活動を楽しんでいます。
私の音楽人生の一コマ一コマを思いつくままクローズアップしてみました。

 「楽友会とその他の音楽活動」
私の写真アルバムに1枚の古い写真がある。写真のメモには1957年10月、三高校合唱サークルの演奏会でワグネル・オケの伴奏で曲はモーツアルトのアベベルム・コルプスとあり、私が指揮をしている。

高校入学で楽友会(音楽愛好会)に入部し、岡田先生のご指導で本格的な合唱音楽、宗教音楽に遭遇。日吉祭など楽しい部活動であった。

また高校時代にバイオリン山口光恒氏、チェロ神谷信弥氏(故人)、ピアノ赤松清でピアノ・トリオを結成。ピエレット・トリオと命名して、友人の同窓会等に出演していた。(3人は楽友会出身で月光とピエロの合唱曲にちなんで命名)
3人は大学でワグネル・オケに入る。

 「慶応義塾ワグネル・オケ最後の定期演奏会」
1961年11月:ワグネル・オケの定期演奏会、4年生で最後の定期演奏会となるこのコンサート最後の曲のフランク作曲「交響曲 ニ短調」だ。指揮者中山富士雄の棒が動き、低弦の静かなもの悲しい響きとともに曲が始まった。

フランクはこの唯一の交響曲とバイオリン・ソナタが有名でしかも難曲である。彼は教会のオルガニストを長くやっていたせいか転調の名手であり、この交響曲も随所に半音階を使った転調が出てくる。転調は必ず元の調と関連がある。和音を読み替えたり減7の和音で調性をぼかして新しい調子に入ったり、手法はさまざまだ。

ティンパニーは転調とともに音を変えて叩き、曲は進行する。終わりの第3楽章も展開部からコーダに入る。

曲が終わりに近づくと何故か気持が高ぶってきた。これで学生生活・音楽生活も終わるのだなという思い。 卒業したらオケもできなくなるのだなという寂しさ。

曲が終わり拍手とともに指揮者が聴衆に答礼している。なぜか涙が出てしょうがなかった。

 「埼玉県蓮田市にある東埼玉病院にて」
1995年
ここには筋ジストロフィーという難病の患者を治療する病棟がある。少年の頃この病気にかかった青年が不自由な体でパソコンを使って詩を書いていた。

関係者の依頼でこの詩に曲をつける依頼があった。私の音楽ボランティア活動の原点であった。3曲ほど作曲し、CDも制作した。病院の中で披露のコンサートも行った。

この青年の名は道端成嘉さん。彼はその後間もなく亡くなった。この世に生きた証として詩とCDを残して。

 「長野冬季オリンピック開催時、長野駅コンコースでの演奏」
1998年2月:音楽ボランティアの話が日本経済新聞に載り、長野冬季オリンピックの外国人歓迎の音楽活動を主催の団体より招待され、長野駅の特設会場にて演奏。アマチュアの音楽団体が多数登場したが、アマチュアの域を超えた上手な団体が多く、圧倒された。

 「東大阪市の町工場が共同で人工衛星を打ち上げる企画」
2004年:東大阪市には金属加工の小さな町工場が沢山ある。その中の有志が集まって人工衛星を打ち上げる計画が持ち上がり、その応援歌を作曲するよう大阪の医師より依頼され、「天空の夢」という曲を作曲。CDも制作。

⇒ 天空に夢 (作詞:小竹 武、作曲:赤松 清、歌とピアノ:赤松 清)

企画が進行する中でテレビやラジオでこの企画が取り上げられるとこの曲がバックミュージックとして放送された。人工衛星は「まいど1号」と命名され、2009年打ち上げられた。

 「東日本大震災被害者への支援コンサートの実施」
2011年4月:東日本大震災では原発等で多くの被害者の方が全国へ避難。群馬県の尾瀬の近くにスキー場として有名な片品村があり、ペンションが多数あるが、この村では震災後すぐにバス20台をチャーターして救援に向かい、約1000名の方を村に呼んでペンションに滞在させた。

その中の知り合いのペンション(てんとう虫)で被害者の方々のためにコンサトの依頼があり、仲間と一緒に参加した。

その後、私の郷里の桐生市でも百数十名来ているという話を聞き、市役所の支援を得て、みどり市の「かみ村」という手打ちそば店で手打ちそばを食べてもらい、コンサートを行った。ここでは5月に2回目を行いのべ60名の参加者に喜ばれた。音楽よりも手打ちそばが魅力だったかも知れない。⇒手打ちそば試食

今では救援コンサートは方々で行われているが震災後すぐに行い、救援コンサートの先駆けとなった。

 「軽井沢のプチホテル オペラ軽井沢でのコンサート」
2011年12月:慶応の後輩樋泉新一氏が経営するプチホテル「オペラ軽井沢」で歌手の方と一緒に「JAZZと映画音楽」と題して2回ほどコンサートを実施。私はピアノを担当した。


オペラ軽井沢でのライブ

 「おわりに」
2004年会社定年後未だ無名だった山田和樹氏指揮(現在はN響副指揮者)のワグネルOBオケを聴き、素晴らしさにびっくりすると同時にまたティンパニーを叩きたくなり、東京の三田フィルと埼玉の川越フィルに入ってティンパニーを叩いています。


川越フィル定期演奏会(2011/11)

この間に音楽ボランティアをやっていますが、大分年をとって譜面が見えにくくなったり、耳鳴りがしてきたり、そろそろ限界に近付いています。でも老後楽しい音楽生活を送ることができたその原点は高校時代の楽友会であり、ご指導頂いた岡田先生、諸先輩、後輩、同期の仲間に感謝しています。(2012.3.31記)

    

編集部 赤松さんは楽友三田会7期に相当します。50年ほどの空白がありましたが、ひょんなことで連絡が取れるようになって今年の楽友三田会新年会にお誘いしました。詳細は「編集ノート2月号」にあります。そのような経緯で、楽友三田会執行部から赤松さんの楽友三田会会員加入手続きがなされたとの知らせがありました。

赤松夫妻から本ページの音源のCDと「三田フィルハーモニーオーケストラ第21回定期演奏会」のフライヤーを送っていただきました。5月19日(土)大田区民ホール・アプリコにて14:00開演です。入場料は無料です。詳細は⇒案内チラシ(わかやま)