リレー随筆コーナー

酒と料理と詩と音楽


田中 博
20期)



食器やテーブルセッティングはもとより、内装、家具、飾り付けなどがマッチした
完成度の高いフランスの某レストランにて

幸か不幸か通った中学高校がカトリックでした。今から約50年ほど前までミサはラテン語でおこなわれ、聖歌も半分意味がわからないまま原語で歌わされたため、後年ラテン語から派生したいくつかの言語の学習にはさほど抵抗はなく入れたことは感謝しています。学生、社会人を通じて長期の海外生活の経験はないのですが、趣味と必要に迫られ、いくつかの言語を学び、そして使わないでいると忘れるということが今も続います。

大学の仏文科の同期には、助っ人で「水のいのち」のピアノ伴奏をしてくれたこともある当時も現在もミュージシャンでいる山田秀俊君、ワグネルで頑張っていて演出家となった鵜山仁君や、何でも鑑定団のディレクタとなったものや、女流エッセイストとなった人などがおり多種多彩でした。そしてなによりも楽友会の素晴らしい仲間に恵まれた学生時代でした。

卒業後は諸事情から京都に戻り、模範的会社員となり、会社員生活の3分の2は年間労働日数340日ほど、平均睡眠時間は4時間半、夢の中まで仕事、仕事の滅私奉公で音楽にも文学にも親しむ時間など持てない年月が続きました。会社員をしていた25年間、小説は一冊も読むことはありませんでしたし、TVを見る暇もなく、流行タレントの名前も顔も会社の同僚だった人の子息のキムタク以外はほとんど知識がなく(山口百恵は名前と顔が一致します)、モームスとは天むすの言い換えか?という浮世離れ?の生活でしたが、業務で関係する諸業界の仕組みや人との接触から得るところも多く、芸術至上主義ではない世の中のおもしろさに浸っていたものでした。

会社員を辞めてから、会社員時代は捨て去っていたものを取り戻すべく全日制のイタリア語学校に通いました。演歌派でない私が酔っぱらって大声で歌えるのがナポリ民謡、アルコールがないときはトスティ、そしてオペラなどを感情がこもった言葉で直接歌いたかったかったためです。また中米のラテン音楽に親しむことになり、アメリカ合州国(合衆国?文科省はいつになったら改める?)や中南米諸国を旅行するたびに必要性を感じたスペイン語も少しかじることになりました。残念ながらドイツ語は格変化を覚える段階でギブ・アップしてしまい、かろうじて簡単な単語と文章しか理解できないままです。大学時代、三田で詩人の吉増剛造氏が「古代天文台」という詩を朗読、それも”緑の魔子、魔子の緑”と吉増氏の好みの?女優名を絶叫に近い陶酔感で朗読された特別講演会を聞いたことも、歌における「歌詞」の大切さを認識する大きなきっかけとなりました。

吟遊詩人、辻音楽師など言葉と簡単な楽器の組み合わせがラジオやテレビ、レコード、CD、iPod、WALKMANのなかった時代は一般大衆の楽しめる数少ない楽しみだったのは間違いありません。ヴェルディがイタリア統合の象徴の色”緑”に通じる名前とともに大衆の絶対的支持を得たのは、時にはシリアスに人間の喜怒哀楽を覚えやすく歌いやすい楽曲としたからに他なりません。

そう、音楽は、人が感情を込めて言語を発声することで最高の表現となるのです。歌詞は小難しい難解なものは頭のなかで混乱を起こすのでよくありませんが、日本の歌謡曲や現代ポップスには、ほとんど関連性のない単語や修飾語の羅列によるものも多く、そこには感情移入の余地は少ないと思います。

生命を維持するための栄養摂取にはエサもあればエピキュライン的な料理もあります。ヴェルディは麦などの耕地を営なんだし、料理名にもなっている美食家ロッシーニもいました。料理は聴覚視覚も含めて瞬間を味わうものです。小説家プルーストのわかりにくい長編小説の中ではむかし食べたマドレーヌの味の記憶が物語の展開のきっかけの一つとして描かれていますが、記憶だけでは瞬間の味覚などは再現し得ることはできません。料理は音楽や合唱と同じであり、作曲家と指揮者と奏でる楽器、歌う人の総和となる全体像とその中で自分が果たすべき役割と同じようにそれぞれの素材がマッチしたものを目で見、食感を楽しみ、味を自分なりに分析し、全てが調和していれば最高です。

また適度のお酒は感受性、想像力を豊かにしてくれます。製法が工業化されてしまったお酒では安定した味を楽しむことができるのですが、工業品では酒の旨さを発見する楽しみが少ないのも事実です。その点では農産物であり、生産から、ストック、物流までの諸条件が一本一本異なるワインほど当たり(ほとんどが)外れが面白いものはありません。星の数ほどある醸造元の各年代の各品種を散財してまで飲む気は毛頭ありませんし、売らんがための能書きは信用できないため、まずくなければokというスタンスですが数百本に一本ぐらい美味しいワインに出会った時ほど生きている喜びを実感することはありません。それには当然ながら心のこもった料理が必要です。

酒とバラの日々ではありませんが、酒と詩と音楽と料理は、その瞬間に持てる感性で味わうことができる貴重なものであり、その瞬間の感じるものはすぐに時間経過で消えていく貴重なものであるからこそ、私にとって生きる根源ともなっています。加齢とともに高音域が徐々に聞き取りにくくなってきた今日このごろ、音楽はナマで聴く機会を増やしていこうと考えています。

私のリレー先は21期の林田雅之さんが引き受けていただくことになりました。林田さんよろしくお願いいたします。

 
(2014/11/9・田中 博)