リレー随筆コーナー

二つの青春時代


菅  泰雄(15期)


数年ほど前だったか・・・?仕事が一段落し、雑然とした研究室のPCの前でコーヒーをすすりながら、癒しの曲、キース・ジャレットの”Be My Love”を聴いていた。そんな時、フッと高校楽友会で歌っていたあの合唱曲がYouTubeにアップされているのでは・・・との発想が脳裏に浮かんだ。即座にPCに「合唱曲 なぎさ歩めば」と入力してみた。驚いたことに、様々なグループの演奏映像がアップされていた。その中で、とある合唱団の歌声が私の耳を捉えた。繰り返し聴いているうちに、あの若き日々の記憶がよみがえり、胸が熱くなった。数十年ぶりの不思議な感覚であった。

思えば、ありふれた中学校から慶應高校に入学したのは50年余り前。中学の文化祭で独唱させられた経験があったこと、教室の私の後ろの席にいたS君の親友が川村和夫君だったこと、入部すれば憧れの慶應女子高生と共に活動し親しくなれるかも・・・などの理由から、部活として合唱部「楽友会」を選んだ。

初めての混声合唱の練習日、期待と不安を胸に日吉の音楽室に赴いた。すでに男女数人の先輩が雑談しており、次第にその人数も増え始めたとき、どなたかが何気なくある曲を口ずさんだ。それに呼応して、4パートの先輩方が次々に歌い始め、驚くほど美しいハーモニーが音楽室全体に溢れた。私にとって初めての心揺さぶられる感動的な経験であった。この曲こそ、榊原先輩が定期演奏会の曲目として2年間温めてきたという、組曲「旅」の中の一曲であった。初めて耳にする美しいハーモニー、初めてお目にかかる女子高の先輩や同期生。そんな雰囲気に圧倒されている自分。そんな光景が、今でも瞼の奥におぼろげに浮かんでくる。


清泉寮から八ヶ岳

懐かしい思い出の一つに清里での夏の合宿がある。青空の下に広がる広大な牧草地。その向こうには、雄大な八ヶ岳がそびえていた。大学生と共に練習したシューベルトの「Es-dur」(若杉 弘さん指揮)、発声・コールユーブンゲンの練習、3年生の榊原さん指揮による「旅」、打ち上げの演芸大会・・・などなど、思い出は尽きない。また、「旅」の作曲者である佐藤真氏が合宿地の清里まで来て、我々の練習風景を見学してくださったことは、私にとって奇跡のような出来事であった。

高校2年以降は、岡田先生指揮によるフォーレのレクエム、日高さん指揮による「蔵王」、草野君指揮による「水の命」などを演奏し、楽しい青春時代を過ごすことができた。

さて、大学進学後は、それまでの美しいハーモニーを追及する文化団体から、一転して、基礎体力の向上と健康維持を意識して運動部に身を投じることを決意。工学部体育会の水泳部に入部した。競泳経験は不要、週3回程度の練習でOKなど、新入生にやさしいキャッチフレーズに乗せられて入部したのが運の尽き?地獄を見ることになる。

5月連休前の初泳ぎの日。雨模様の屋外プールの水は冷たく、身体が震えて呼吸が止まりそうな寒さの中で練習したことを鮮明に覚えている。当時のキャップテンSさんは、強面で厳しい先輩であり、新入生から恐れられていた。ある日、キャンパスでSさんを見かけ、「練習に出ろよ!」と脅されるのが怖くて、逃げるように姿をくらました積りでいた。その日、練習に出たところ「お前、さっき俺を見て逃げただろう!」とどなられ、罰として割増練習をさせられたことがあった。今では笑い話の一つとなっている。

夏の合宿は新入生にとって、地獄であった。山梨県の町営屋外50mプール。早朝1500m、午前約3000m、午後約3000mの合計7〜8kmに及ぶ練習メニューがスタート。日を重ねるごとに疲労が溜り、練習がきつくなった。ターンで一呼吸休む、苦しくてピッチを落とすなどの手抜きが発覚すると、上からデッキブラシで小突かれ、厳しい先輩からは割増練習を食らうなど恐ろしい罰が待っている。足がつっても水の中で「イタター」と叫びながら泳ぎ続ける。朝食や昼食後の一時間足らずの休息時間には布団の上に横になると同時に寝入ってしまう。時にはうなされて自分の声に目覚めることもあった。練習の厳しさに耐えられず10人の新入生のうち1人は途中で置き手紙を残して退部。私を含めて3人が5日目の夜だったか?発熱のためダウンした。でも、この発熱がこれ程嬉しかったことは後にも先にも経験がない。

翌日、T君と二人で旅館の近くの町医者に行った。病院の先生に慶大工学部の水泳部の合宿中に発熱した旨説明し、診察をしていただいた。すると、診察しながら先生が「実は、私は慶應大学医学部出身で、大学時代ボート部に所属し、オリンピック(戦争で中止)を目標に練習していた」と話してくださった。我々を見て学生時代を思い出された様子で、しばし思い出話に花が咲いた。同じ塾員で、また運動部の経験があったことから、共感して頂けたのだろう。丁寧な診察の上、注射と薬の処方をしてくださった。さらに、「お金はいいから」と仰って、診療費を受け取ってくださらなかた。今後も練習を頑張るようにとの励ましの言葉もいただいた。地獄で仏様にお会いしたような安堵感を覚えた。合宿の辛さも強烈な思い出の一つではあるが、この思いがけない経験は、心温まる一生の思い出となった。

何の因果か、あれから数十年後に、私はこの水泳部の部長となった。また、創部50周年記念パーティでは、我々を鍛えてくれた先輩や我々が上級生になって鍛えた下級生にお会いし、懐かしい青春時代を語ることができた。私にとって、高校の合唱部、大学の水泳部での経験は、懐かしい青春の思い出であると同時に、その後の人生の基盤となる貴重な経験となった。前者は人との和を大切にする心を、後者はどんな辛いことでもあの辛さに比べたら・・・という忍耐力を培ってくれた。

数年前のあの日、YouTubeで合唱曲「旅」を聴いて以降、青春時代、特に楽友会を身近に感じるようになった。先日、3期合同の高校楽友会OB・OG会が開催され、中小路君を始め現役で歌っている方々の話を聞き、久々に後輩にもお会いすることができた。また、今年の「羅漢」の定期演奏会では、同期の川村君の指揮する姿や斎藤君、井上君、角谷君の熱唱する姿を拝見し感動を覚えた。50年間のブランクに合唱団への参加を躊躇していた私だが、同期のメンバーからのお誘いもあり、この夏MMCへの参加を決意した。この原稿がアップされる頃、今年の定期演奏会の舞台にフォーレのレクエムを遠慮がちに歌っている私の姿があるかも知れない。二つの青春時代を思い出しつつ。

次のバトンリレーの候補者については、なるべく早く探したいと思っておりますので、しばらくお待ちいただければ幸いです。(2015/10/18)


Yasuo Suga 

バトンは亀井泰子さん(高17期)に渡りました。(2016/5/20)

    


編集部
「この原稿がアップされる頃、MMCの定期演奏会の舞台に・・・」と書いてあります。原稿受け取りが10月18日夜9時、サイトにアップが11時30分に完了。演奏会は11月3日ですよ。当編集部はそんなぐずぐずしてはいません。

「仕事を頼むなら忙しい人に頼みなさい。忙しい人ほど仕事が早い」といいます。かつて、日立中央研究所から法政大学教授になられた嶋田正三先生が私に語った言葉です。世の中、その通りでした。(2015/10/18・かっぱ)


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