リレー随筆コーナー

CDデビュー奮戦記



山根  弓子(26期)



昨年末のことであるが、長年お世話になっているコーラスの先生から、「ハードロックのCDに参加しませんか?」とのお誘いをいただいた。

各パート1人ずつ、男女6人編成のバックコーラスとのこと。ん?ハードロックって何だっけ?と、多少ひっかかるところもあったが、好奇心が先に立って、即答で引き受けてしまった。たぶん近所のおやじバンドか何かのお手伝いだろう・・・と軽く考えていたのである。

ところが、録音の当日、池袋の小さい貸スタジオに出向いてびっくり。待ち構えていた人物から「ビクターの●●です」とご挨拶されてしまったのだ。
近所のおやじバンドでも何でもない。何年か活動を休止していた某ベテランミュージシャンの、記念すべきCDとのことだった。
つまり、これはお仕事なのだ・・・。

その現実に戸惑っている場合ではなく、練習はすぐに始まった。当のミュージシャンは参加せず、コーラスだけの録音らしい。

トップのパートは若い人がいいだろう、ということで、音大のジャズ科を出たばかりの女性が歌うことになっていた。私はセカンドパートである。内声は経験がなかったが、音の配列は実にシンプルで、ほんの数小節。歌詞はといえばアーとか?ギミギミ〜とか?・・・何とかなるはずだ。

ところが・・・自分でも驚いたことに、音がとれない!!のである。例のジャズ嬢からは、「そこ、私のパートなんですけどー」とダメ出しをうける。

とにかく隣の人の音につられちゃう〜!のだ。コーラス歴数十年を通じて、ソプラノ馬鹿(=一筋)だった私・・・他パートの仲間の苦労を初めて思い知ることとなった。

「すみません〜もう一度やらせてください〜」を何度繰り返したか・・・?
他の5人の寛大なご協力の末、やっと音が掴めた頃に本番となった。

悪戦苦闘の末ではあったが、思ったよりあっけなくOKは出て、とにかく無事?にお仕事は終わった。
達成感はあったように思う。ただ、最後まで、自分が本当に正しい音で歌っているのか?確信は持てず仕舞いだった。

最近の録音技術は素晴らしいと聞いている。私の声だけ消された可能性もないではないな〜という疑いが、ちらっと頭をよぎったが、多少のギャラを頂戴して帰る時には、
「いい仕事したなーーー」と気分爽快になっていた。

1月20日、CDがリリースされ、私の手元にも記念すべき1枚が届いた。
理解(あくまで私の…)を遥かに超えたハードロックの強烈な音の向こうに、私たちのコーラスがかすかに聞こえていた。

う〜ん??どうなんだ・・・???

息子が、「お母さんの声が何となく聞こえたような気がしたよ」と言ってくれた。

まあ、とにかく、頑張った甲斐はあったみたいだ。
other musicians に自分の名前を見つけて、やっぱりいい仕事したんだ・・・と嬉しかった。

バトンは、25期の鈴木叔博さんにお渡し致しました。。

(2016/3/22)

    


編集部注 楽友の皆さん、ハードロックですって。ご存知ですか?固い岩だろうって。ロックンロールが生まれたのが50年代半ば。で、ハードロックはその10年後に起こって70年初頭にはハードロックという言葉が定着した。同じころにへヴィ・メタル(へヴィメタ)はハードロックからの派生だと言われる。合わせてHR/HMという略語があるそうだ。

かっぱは皆さんご存知の通り、楽友会時代からジャズ好き人間でした。しかし、ロックンロールは軽蔑視していました。唯一、認めていたのはエルビス・プレスリーでした。上品ではありませんが、潜在的な歌唱力は抜群でした。

99歳まで長生きしたミッチ・ミラーは「ロックンロールは音楽のベビーフード」と切り捨てました。ミッチ・ミラー合唱団は有名でしたが、かれは元々はピッツバーグ交響楽団のオーボエ奏者だった人です。

ネットにこんなものがありました。画面をクリック。(かっぱ)



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