リレー随筆コーナー

「やさしい」音楽の記憶と「老後」のお楽しみ



瀬 雅人(22期



Bruce Johnston

「これがいいと思うよ」

8年ほど前のThe Beach Boysサマーコンサート開演前。会場のCD販売コーナーでどれを買おうかと迷っていた時、隣にいた野球帽のオジサンから突然声を掛けられました。北カリフォルニア勤務時のある週末のできごと。

本場西海岸の米人が言うのだから間違いないかと思い、お金と一緒にそのお勧めのCDを売り子さんに差し出すと、その白人のオジサンは「ペン貸してくれる」と売り子さんに言いながら、やおらそのCDを奪い取りビニールカバーを破り始めるではありませんか。
 

キツネにつままれたような気分とはまさにこのこと。しかし改めてオジサンが野球帽を取るのを見て約0.1秒の後、事態が把握できました。何とThe Beach Boysメンバーのひとりブルース・ジョンストンではありませんか。ブルースがCDに生サインをしてくれた瞬間でした。

そのコンサート会場は、当時の自宅から車で30分ほどのワイナリーの一角にある野外ホール。まだ明るい夕陽を浴びながらご当地ワインを飲み、開演前から老若男女が盛り上がっています。コンサートで聴衆は歌を一緒に口ずさみ、写真・ビデオなどは撮影し放題。携帯電話でその興奮を相手に伝えている人もいます。曲によってはヴォーカルのマイク・ラヴが、携帯電話をペンライトのように揺らすようわざわざ聴衆に促すほど。終始とてもノリノリのコンサートでした。


Diana Ross

 
時はさらに遡って今から26年ほど前、今度は南カリフォルニアでのDiana Rossのコンサート。ある曲で彼女は客席に降りて歌い始めます。歌っているときももちろん間奏時もお決まりの握手サービス。自分の席は前から20列目のやや左側。「近くに来ればなあ」との思いが通じたのか、我が列を選んで中央からこちらに向かってくるではありませんか。20列目の人たちは白人・黒人を問わず嬉しさを身体全体で表し、多くのファンが大きなハグも。

そしてとうとう小生の順番、さて日本男児としてどう対処すべきか。約0.1秒の思案の結果、「しっかり目を見ながら右手で握手」だけさせて頂きました。

そのコンサートのことを振り返るに、「歌がどうだった声がどうだった」という記憶はなく、思い出されるのは、とにかく、彼女がいい香りに包まれていてその小さな顔がとてもきれいだったこと、そしてその右手がとてもとても柔らかかったこと。調べてみると当時彼女は45−46歳。握手しながら間近で実物の彼女を直視した瞬間のみが記憶に残っている次第です。

日本であまり行く機会のなかったコンサートやスポーツ観戦、海外勤務時にはここぞとばかりに出かけたもの。音楽もスポーツもライブは、映画、旅行、読書、そしてTV中継ともひと味もふた味も違う刺激と非日常性そして高揚感・緊張感・臨場感を伴うもの、改めてそう思ったものです。上記ふたつのコンサートは、その中でも特に記憶に残るエピソード----「やさしい」音楽(やさしい:チケット取るのが比較的易しい、身近な場所で身体にやさしい、そして何より日本のそれに比べると驚くほど財布にやさしい)の記憶です。

  

さて、4月10日には「岡田忠彦先生を偲ぶ会」に出席させて頂きました。

当日、先生に捧げるべくモツレクの演奏がありましたが、何十年ぶりなのに結構覚えているもの。声だしが0.1秒遅れることもありませんでした。会場に掲げられた岡忠さんの写真にときどき目を遣り、岡忠さんの指揮を想像しながら(*)歌わせて頂きました。改めて先生のご冥福をお祈り申し上げます。(*)我が期の在学中は、在りし日の伴有雄さん指揮のコンサートでモツレクを歌い、楽友会定演でのモツレクはありませんでした。

学生当時は日常性そのものであった楽友会。同じコンサートでも、演じるほうだった自分や仲間たち、そして必ずしも優しいだけではなかった岡忠さんの情熱も、今となってはすべて「やさしい」音楽(ハートにやさしい)の記憶。そして、懐かしい「0.1秒遅れ」の感覚も蘇ります。

学校を卒業して40年近く、合唱とも相当ご無沙汰しています。以前からよく周りの人からまた合唱やらないのと誘われることがあります。これまで、その答えは決まって「老後の楽しみにとってある」というもの。一昨年還暦を迎えた身でありながら、今でもその答えは変わらず。

とりたてて特別な趣味もない小生にとって、これからも生きている限り音楽やスポーツは必須アイテム。「老後」のスポーツは観るほうが中心になるのでしょうが、さて音楽は?合唱は?

「やさしい」音楽を求めて、果たして合唱は日常性になるのか、また0.1秒の世界に飛び込むのか、再びライブを演じる側に回って緊張感を味わうのか、逆に「老後」は刺激や非日常性などを求めなくなるのか、--- すべてその答えは「老後」のお楽しみ。(2016/7/4)

遅くなりましたが、次は 24期の藤南和将(とうなんかずまさ)さんにお願いしました。(2016/8/15)

    


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