リレー随筆コーナー

楽友会での思い出



樋口 康之(23期)



谷口さんからバトンを受けたものの、何を書いたらよいかと思案しており、時間だけが経過してしまいました。また若山さんから催促のメールもいただきました。紙面を通じお詫び申し上げます。

私は昭和49年から53年まで楽友会に在籍しておりました。その期間で私がとても思い出に残っている出来事をいくつか記してみたいと思います。

1. 昭和50年7月演奏旅行

上の写真は昭和50年7月26日、27日に行われた演奏旅行のプログラムの表紙です。
26日は岐阜市民会館で混声合唱団ムンテルコール、27日は伊丹市立文化会館で相愛女子大学合唱部に賛助出演していただき演奏会を行いました。

私にとっては楽友会時代の唯一の演奏旅行で、演奏旅行の会計をしました。
ただ残念なのは、特に26日の会場の入場者数が少なくその理由として当日長良川の鵜飼いとバッティングしたからとのことでした
本当かな

2. 昭和50年12月定期演奏会

この年の定演は、ブラームス「マリアの歌」、佐藤真「旅」、ハイドン「パウケンメッセ」でした。このパウケンメッセの演奏後にアンコールで演奏されたのが小林亜星さん作詞作曲の「青春讃歌」であり、楽友会での初お披露目でした。この年から40有余年歌い継がれているわけです。未来永劫つなげていただきたい思いです。

3. 昭和51年12月定期演奏会

この年の定演はメイン曲にアントニオカルダーラの聖ヨハネネポムークのための荘厳ミサ曲を演奏しました。この曲は本邦初公演であり、楽譜も国内にはありませんでした。岡田先生のお諮りで確かオーストリア大使館経由で楽譜を送っていただき、その原譜から皆でコピーをしました。ただコピーといっても今のコピーではなく、青焼き(若い方はわからないと思いますが)であり、とてもアンモニアくさい楽譜が今でも思い出に残っています。またオーケストラの楽譜も我々で作ったと記憶しています。

大変見にくくて恐縮なのですが、手作り感いっぱいの楽譜です。

4. 昭和52年5月六連定期演奏会

最後になりますが、六連からひとつ。
昭和52年5月12日に行われた第19回定期演奏会の合同曲も思い出深いものでした。田中信明指揮で、

  T.Talis「SPEM IN ALIUM NUNQUAM HABUI」(40声)
  G.Gabrieli 「OMNES GENTES PLAUDITE MANIBUS」(16声)

を演奏しました。

上野の東京文化会館で舞台、客席の左と右そして後方と合唱団が4つに分かれ、田中先生が客席の真ん中に陣取り指揮を行いました。これぞ合同曲という演奏だったと思います。楽譜が大きく40声の楽譜です。練習でも少し目を離すと、どこを歌っているか分からなくなりましたが、演奏後の達成感はなかなか味わえないものでした。もしこの曲をどこかで演奏される機会があれば今度は客席の真ん中で聴いてみたいものです。

取り留めもなく思い出を4つ記しましたが、ほぼ40年前の出来事です。昨日のように思い出されます(認知症の兆候かも)。

これからも楽友会、楽友三田会になんらかの関わりを持っていきたいと思っておりますので宜しくお願いします。

バトンは23期の木村勝隆さんにお願いしました。(2016/8/15)

    


編集部注 樋口君の文中に「青焼きコピー」という言葉が出て来ます。昭和50年代になってもまだ使っていたのですね。大年寄りの楽友たちの時代はコピー機械はありません。譜面はみな「ガリ版刷り」です。別名、謄写版印刷ともいいますが、原型はエジソンの発明によるものです。

定番といわれる譜面の作成ソフトは「FINALE」ですが、その紹介は編集ノートにあります。(2016/8/16)


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