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思い出のニュー・ヨーク
その2−NYの建築物
副題:施主と設計家の美意識


田中 博(20期)



Empire State Building

NYのビルの写真をいくつか紹介させていただきます。

ロックフェラー・センター屋上のTop of the Rock® から見るエンパイア・ステート・ビルから始めましょう。シンメトリーな美しさ、重量感のバランスなど、旧共産圏の無機質的な大規模建築とは比べ物にならない造形美です。外壁が平面(ツライチ)ではなく、建物の中央部分の上下のところが凹んでおり立体感が出ています。右端、枠近くの真ん中あたりに小さく写っているのが自由の女神像のあるリバティ島です。

秋の夜長、ロシア出身キエフ音楽院卒でガーシュインの弟子とも位置づけられるバレエ音楽、クラッシク音楽、ジャズの作曲家として知られた Vernon Duke の作詞作曲による名曲 “Autumn In New York”とともに、NYの建築物の紹介をさせていただきます。

稀有なトランペッターであった Clifford Brown のアルバム 演奏


Autumn In New York - Clifford Brown All Stars
https://youtu.be/w5BGbjqUWns

そしてもう一つは、かっぱ様があまり評価されておられないDiana Krall のボーカルの背景に流れるモノクロの動画によるNY案内をぜひ御覧ください。(画像はすばらしい)


Diana Krall - Autumn In New York (Official Video)
https://youtu.be/v5FVmJKPSrY


Plaza Hotel

ビルの紹介を続けましょう。5番街、767 5th Avenueに立つGeneral Motors Buildingの前に作られているガラスのApple Storeの入り口の中側からみたプラザホテルPlaza Hotelです。このホテルは1985年、当時の先進5カ国の蔵相・中央銀行総裁が参加した為替レートの安定に向けた合意、通称”プラザ合意Plaza Accord”がなされた会場として金融史に名が残る建物となっています。映画「華麗なるギャツビー」(F・スコット・フィッツジェラルド原作)や映画「ホーム・アローン2」の舞台にもなった建物です。この「ホーム・アローン2」では主人公の少年がホテルに入ってからロビーで、当時プラザホテルの所有者だったトランプ前大統領にチェックインカウンターの場所を尋ねるシーンがあります。


Plaza Hotelのエントランス

プラザホテルと並ぶNYのホテル、ウォルドルフ・アストリアTHE WALDORF-ASTORIAです。


THE WALDORF-ASTORIA

新興国アメリカでの超成金にアスター家があります。ドイツ系の移民で今のカナダのハドソン湾周辺で捕獲された小動物の毛皮を中国などに輸出して財を築いて、溜め込んだお金を発展途上にあったニュー・ヨーク市街の不動産投資などにつぎ込み、巨万の富を得た一族で、その一族が経営したホテルです(現在の場所は創業の場所ではなく移転後の場所である)。ホテルを始めたアスター4世は客船Titanic事故で死亡しています。

マンハッタンのフィナンシャル・ディストリクト (Financial District) にある Titanic 沈没による死者を追悼する灯台の形をしたタイタニック・メモリアル(South Street Seaport Museumのそばにある公園内)

このホテルの名前には”-ia”という国などの地域を意味する接尾語がついていますから、成功の証としての”アスターの地ここにあり”、という名の建物です。このホテルは一般向けホテル部門とタワー部門に分かれており、さらには著名人の住居もありマッカーサー元帥夫妻も住居としていました。昭和天皇が訪米の際に宿泊し、アストリアに住んでいたマッカーサー元帥の未亡人を訪問したことも過去の話になりつつあります。


ホテルのロビーとチェックインカウンター

ロビー中央に鎮座しているのは1893年のシカゴ万博のためにロンドンで制作されたとされる時計です。 このコンド・ホテルは現在、中華人民共和国の会社の所有物となり、現在、休業して改装が進んでいるとのことです。

次は、建築史を学んだ人なら誰もが知っている、通称フラットアイアンビル、Flatiron Building, Fuller Building,175 Fifth Ave. です。


Flatiron Building, Fuller Building

道が交差する三角形の敷地に二等辺三角形の楔形の形で作られ、アイロンの形に似ているのでフラットアイアンという名称で知られているのですが、小さい写真では気づかなかったのですが、このビルの外装はフラットに見えて、実はものすごく凝った装飾がなされています。広い辺の壁面の中央あたりは、平面ではなく凹凸で変化が付けられています。

7番街の様子 カーネギー・ホールで弱点として触れられる“外からの音”は立地と都市の発展という観点からして受け入れるべきだろう。

続いては、いまもNYの音楽の殿堂であり続けている、鉄鋼王カーネギーがお金を出してできたCarnegie Hallです。リンカーン・センターのAVEY FISHER HALL(2015年にデイヴィッド・ゲフィン・ホールと改称されている)ができて常駐のクラシックオーケストラが移転したことから存続が危ぶまれましたが、現在も幅広いジャンルの演奏会の場として活用されています。多くの曲の初演や実況録音版で知られるホールです。写真はセントラル・パーク側から7番街を撮影したもので、カーネギー・ホールは画面左側の青信号の左側の少し赤色のレンガの外装の建物です(ホテルWELLINGTONのカンバンのあるブロックの左側手前ブロックの角)。 

カーネギー・ホールの建設についてわかりやすいyoutubeがありましたので紹介しておきます。

 

Carnegie Hall's Opening Night 1891 (From the Carnegie Hall Archives)
https://youtu.be/wVcqOWiyqgc

もうひとつ、ホールの外観と内部が少し写っている画像がありました。“Take Five” という曲の定番録音です。

N Y C , Carnegie Hall, February 22, 1963
The Dave Brubeck Quartet with Paul Desmond ”Take Five”
https://youtu.be/j3jqJCWGBP0

この“Take Five”という題名、“5拍子でやろう”の5拍子は若い頃は拍子のとり方が理解できず、リズム音痴の私にとって5拍子は鬼門でした。後年、変拍子、難しく考えることなく、3+2もしくは(1.5+1.5)+2もしくは2+3ということがわかると、強拍が素直に聞こえてくるようになりました。


ESSEX HOUSE

セントラル・パークに面したアールデコ装飾が目立つホテルマリオット、ESSEX HOUSEです。日本航空の所有物だったこともありますが、現在は韓国企業が所有しているとのことです。フレンチ・レストランの成功者アラン・デュカスのニューヨークのレストランがあったことでも知られています(レストランは現在閉鎖済み)。

続いては、マンハッタンの南へ下り、115 Broadway, 1907年に完成したTrinity and United States Realty Buildings (共通するデザインの2つのビルの総称)のUnited States Realty Buildingsの入り口です。このビルはNYで最初に建てられたゴシック様式の高層ビル、skyscraper摩天楼の一つです。


Trinity and United States Realty Buildingsのエントランス


Trinity and United States Realty Buildings (左)と One Liberty Plaza (右)

建物に何を求めるか、居住、オフィス空間を作るに基本はそうは変わらないが(人間のサイズや動作はコンピュータ時代になっても大きくは変わっていない)、何に重きや時代性を置くかによって表現方法や様式が異なってくる。建築材料と工法の進歩は経済合理性の追求には有効であっただろうが造形美という観点からすると直線の美を描けている建物は多くない。

次はWoolworth Buildingです。


ウールワース・ビルWoolworth Building

二十世紀前半において、一時、世界一の高さを誇ったウールワース・ビルWoolworth Building (1913年完成、高さ241.1m) はネオ・ゴシック様式です。発注主は小売販売業、five and dime stores (5- and 10-cent stores)もしくはバラエティー・ストアと呼ばれる業態、今の日本でいうと100均、ワンコインストア、ドラッグストア、コンビニに近い業態で、メーカーからの直仕入れ、客が商品を手に持って確認できるセルフサービス式の棚の導入など、大規模スーパーとは違う“街の雑貨屋さん”で大成功した F.W. Woolworth Company を創業した人です。この社名・店名での小売業は1997年まで続き、その後、専門分野の小売業に発展的に分離したそうです。米国の都会や地方都市において、富裕層でない一般市民の日常生活レベルが低くないということは、車社会、ウォルマートのような大手スーパーの存在もありますが、都市生活者への必需品雑貨の流通において、大型店舗でない小売業が19世紀前半から努力を重ね都市生活者を守ってきた成果と言えるかもしれません。大衆への雑貨の提供というサービスが利益となり、その利益の蓄積がこのビルで活用されているわけで、事業成功の証であるとともに、富の公平な分配な一つの手段として、社会インフラでもある商業ビルへの投資という社会還元方法があるという解り易い例だと思います。

素晴らしい装飾があるビルを紹介しておきます。鉄道駅、グランド・セントラル・ターミナルから100mほどの 551 Fifth Ave. に1927年に建てられたアール・デコ様式の Fred F. French Building (THE FRENCH BUILDING) があります。建築主の Frederick Fillmore French という人はこのビル他のデベロッパーとして活躍した人だったそうです。まだ内部を見学する機会を得ていないのですが、中東風の影響が見える装飾の天井など、夜に前を通るたびに、その美しさにしばし足を止めることになります。


THE FRENCH BUILDING

マンハッタンのバテリー・パークには、NYの高層ビルに関する資料の収集と展示を行っている専門博物館 ”The Skyscraper Museum” ( 住所39 Battery Place)があります。

新大陸アメリカに移住してきて、努力し、成功し、事業拠点としてビルを建てる。依頼先は主に欧州に留学して、ギリシア・ローマを基礎とする西洋建築を勉強してきた建築家です。欧州の都会のように出来上がっている場所ではなく、新しい土地に潤沢な資金で欧州の都会に負けない、欧州を凌ぐ建築物がNYなどで建造されました。またNYが大都会として発展する時期、1900年前後、欧州などで巻き起こったアール・デコ様式、そしてボ・ザール(beaux arts)様式の建築物が競って建てられたのもNYです。ビルの歴史、オフィスビルの場合の施主や入居者などを見てみると人間の英知、富の使い方、資本主義の優れた部分、良い生活をしたいという自然な欲求に場を与えてくれる街NYであることも再認識されます。


The Skyscraper Museumの展示より(以下、展示物は撮影可)

上のイラストの中央に描かれているビルはSINGER BUILDIND(1906年竣工、1968年取り壊し)で、現在この場所にはOne Liberty Plaza が建っています。

下の建築物の高さの比較図、左からエンパイアー・ステート・ビルディング、エッフェル塔、クライスラー・タワー、マンハッタン・カンパニー・ビルディング(40 Wall Street,現Trump Building)、ウールワース・タワー、メトロポリタン・タワー、ニュー・ヨーク生命保険タワーです。


The Skyscraper Museumの展示
(解説の上の写真は 建築途上のWoolworth Building)

この博物館で興味深い資料が展示されていました。

発行日が1964年1月19日のニューヨークタイムズ(販売価格30セント)の紙面で、前日18日にヒルトンホテルにてワールド・トレード・センターの建築概要の発表がおこなわれたという記事で、ツインタワーの完成予想図が掲載されています。見出しを紹介すると、

BIGGEST BUILDING IN WORLD TO RISE AT TRADE CENTER-----Twin 1,350-Foot Towers to Be Surrounded by Plaza With Small Structures ----Plans for the $350 million complex on the Lower West Side were disclosed yesterday at a preview in the New York Hilton Hotel. (原文のママ)

とあります。ワールド・トレード・センターは1966年に建設工事が開始されツインビルの第1タワーは1968-72年、第2タワーは1969-73年の工事期間を経て73年の春に開業しています。


建築中のワン・ワールド・トレード・センター
One World Trade Center (2012年12月20日)


建築中の4 ワールド・トード・センター
Four World Trade Center, 4 WTC (2012年12月20日撮影)

写真の右側の黒っぽいビルは、元Singer Buildingがあった場所に建てられた”One Liberty Plaza”(165 Broadway、旧名称 U.S. Steel Building)で、このビルはSeptember 11のツインタワー壊でタワー側の外壁の窓の大半は破壊されましたが、基本構造に損傷はなかったため翌月の24日から徐々に利用が再開されたということです。

NYのビル探訪は東京で例えると、大手町から京橋界隈に日比谷、そして新宿の高層ビル街を歩くのと同じように大変です。日中でもビルの谷間は薄暗く、磁石なしでは東西南北の方向もわからなくなります。撮影した当時の私の姿は地図と撮影記録ノートを持ちながらの“変な東洋人”と思われたかも知れません。しかし世の中にはビル写真撮影好きの人も多く、またNYは他人のことにいちいち注意を払うほど暇な人の街ではないことから、首を上に上げながら足元に注意して街歩きを楽しみました。

ビル探訪時、また今回のギャラリー投稿にあたっては、ガイドブック、AIA GUIDE TO NEW YORK CITY, Forth Edition (AIA:American Institute of Architects) およびGuide to NEW YORK CITY LANDMARKS, THIRD EDITION を資料として用いています。

いつの撮影資料か覚えていないのですがメモが出てきました。メモにはTrump Building との記入もありました。後に大統領になる人が所有しているビルとの認識は、当然、まったくなく、不動産投資で成金ができる国のダイナミックさに驚いた記憶があります。

次回、連載3回目はロックフェラーセンターを予定しています。 
  
2021年11月1日


編集部: 田中博君から「思い出のニューヨーク(その2)」が届きました。

行ったところの写真を記念に撮ってくる、というのは普通の人です。写真を撮るために行く、歩くというのは特別の人だと思いませんか。博君は「撮るために歩く」のです。須藤写真館も同じく撮るために歩きます。

”Take Five”には「5分だけ休もうぜ」という意味を引っかけてあります。歌詞を見ると分かります。歌詞を付けたのはD.ブルーベックの愛妻アイオラです。出だしの一節です。

Won't you stop and
Take a little time out with me
Just take five, just take five
 ・ ・

Dave and Iola Brubeck, 2009 (New York Times)

ほらね。 アメリカの内助の功です。

(2021/11/1・かっぱ)