慶應義塾楽友会クロニクル

序  章
福澤諭吉先生の建学の目的「慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んずるを得ず。其目的は我日本国中に於ける気品の泉源、智徳の模範たらんことを期し・・・・・」は、今も皆の胸に焼きついて離れない規範となっています。楽友会57年の歴史がこの目的にかなうものであったか否かは、内部の人間が云々すべきことではありませんが、少なくとも創立の理念がこれに沿うものであったことは確かです。ここでざっと楽友会創立にいたる迄の、塾の歴史をふりかえってみましょう。

年号 で き ご と
1858 安政5年 福澤諭吉(1835~1901)、蘭学塾を創始(築地)
1868 慶応4年 慶應義塾と命名(三田に移転)
1874 明治7年 幼稚舎(小学部)開設(天現寺)
1890 明治23年 大学部開設
1898 明治31年 普通学科開設(後の普通部)。一貫教育の完成。
1906 明治39年 大学院設置
1917 大正6年 医学教育の出発(信濃町)
1920 大正9年 文・経・法・医からなる総合大学へ
1934 昭和9年 日吉(横浜市)キャンパス開設
1944 昭和19年 工学部開設(日吉)
1947 昭和22年 中等部開設(三田)。男女共学の開始。
1948 昭和23年 幼稚舎男女共学となる。新学制に基づき、新制高校として慶應義塾第一、第二高等学校が発足。三田・三の橋の中央労働学園の一部を借りて授業開始
1949 昭和24年 慶應義塾第一・第二高等学校を慶應義塾高等学校に改称(日吉に移転)
1950 昭和25年 女子高等学校開設(三田)
明治期に、進取の気性にとむ大先輩たちは早くも学業のかたわら活発な文化活動を展開。1902(明治35)年に「ワグネル・ソサイェティー(オーケストラ男声合唱団)」、1910(明治43)年には「マンドリン・クラブ」を創始し、三田山上の「演説館」等で西洋音楽の華を披露。世人の讃嘆と称賛を浴びています。卑近な話で恐縮ですが、編者の父はそのマンドリン・クラブの卒業生(大正13年三田会)。正月休みには家で「椿姫」序曲など奏でて、家族を楽しませてくれました。
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