慶應義塾楽友会クロニクル
慶応義塾創立150年記念行事への参加
はじめに: 

今年は、慶応義塾創立150年の記念すべき年であるとともに、楽友会の前身である音楽愛好会が、ちょうど60年前の1948年6月に、慶應義塾高等学校日吉で発足した年でもありました。この二重の節目を迎えた喜びを、現在はその名も楽友会と変えて活躍する高校日吉および女子高三田も加えた、「全塾オール楽友会」として祝えなかったのは、今にして思えば真に残念です。

しかし、いずれはその機が熟することを念じつつ、大学楽友会の現役と塾員が、一丸となって母校の祝典に参加した状況を、舟山幸夫君(8期)の寄稿をベースに、記録にとどめておくことにしました。なお掲載写真の版権は、それぞれの行事別に、主催者の音楽三田会と慶應義塾(広報室)に帰属します(編集部/2008年12月)。


楽友三田会定期演奏会

●  楽友三田会は、昨年に続き今年も専属合唱団の定期演奏会(第15回および第16回)を「慶應義塾創立150年記念」公式イヴェントの一環として催行しました。また、次の大規模な祝賀行事にも積極的に参加し、全塾に楽友会のプレゼンスを高め、祝典の意義を高揚しました。⇒第16回定期演奏会報告


慶應讃歌グランド・コンサート

●  慶應讃歌グランド・コンサート10月19日/日曜16時から20時過ぎ迄/NHKホール/楽友三田会参加人員:女声44名+男声32名の総勢76名

☆ これは会友・小森昭宏君(Linksページ参照)を会長とする音楽三田会が、応援部三田会と共に開催したもので、出演者総数約400名、聴衆約3千名、終演までに4時間を要した、かつてない盛大なGala Concertでした。

会は勇壮なワグナーの冒頭音楽に始まり、袴姿の塾高3年生・中村壱太郎君(歌舞伎俳優)による「学問のすゝめ」朗読の場面に転換、次いで元NHK アナウンサーの宮本隆治(73年卒)と俳優の紺野美沙子(84年卒)両氏の名司会で、実に多彩な音の饗宴が繰り広げられました。

曲種でいえばクラシック、ジャズからポピュラーまで。楽器でいえば、当日のために特別編成された150年記念の大オーケストラからマンドリン・オーケストラ、ブラス・バンド、木琴、ハモンド・オルガン、アコーディオン、クラリネット・ソロまで。そして声楽は、ピアノの弾き語りからダークダックス、さらにワグネルや楽友会の大合唱団まで、それこそプロ・アマが入り交じって、多様な讃歌を奏でてくれました。

合唱は最後列に位置したため、あまり目立たなかったとはいうものの、讃歌には必須の歌詞表現で、他を圧倒する存在感を示しました。

☆ 第一部「音楽で綴る慶應150年史」での楽友三田会関係者の出番は、先ず「進駐軍とスゥイング・ジャズ」と題したプログラムのコーナー。ライトミュージック・ソサイェティーのOB Big Bandが2曲演奏しましたが、その中心にドラマー・葉山雅章君(会友)の姿がありました。次いで「塾出身の文学者」のコーナーでは佐藤春夫氏の作詞になる「普通部の歌」を、ワグネルOB合唱団の1名を含む普通部出身の6名が熱唱しました。これには「よく歌詞を覚えていたものだ」と称賛の声がしきりでした。そして第一部の掉尾(ちょうび)を飾る「塾と合唱」のコーナーで①小林亜星君(会友)作曲の「青春讃歌」②林光君(会友)編曲の「浜辺の歌」③「銀色の道」の3曲に全員が出演しました。②は福井良太郎君(12期)が指揮し、③はダークダックスのバック・コーラスとして歌ったものです。


青春讃歌(画像クリックで拡大)


普通部の歌


ダークダックスと共に(クリックで拡大)

☆ 第二部は「伝統の歌、そして未来への旅」。前半は現役の応援指導部員による、威勢のいいかけ声で、客席はあたかも野球の応援団席と化しました。特に「オープニング」では、塾歌の前奏が始まると同時に聴衆が自発的に起立し、ステージと会場が一体となった大合唱を轟かせ、大きな感動の渦をまきおこしました。

これに続く「伝統の応援歌」と「ニュー・カレッジ・ソング」のコーナーでは、楽友三田会合唱団とワグネルOB/OG合唱団が大活躍。開塾150年を記念して公募した歌詞14編(応募総数87編)に、塾員作曲家が付曲したものを初演しました。特に、小森昭宏君作曲になる「天地慶應」は合唱団員からの人気が高く、ぜひ後世に残したい名曲として好評を博しました。

  総じて、このコンサートでは楽友会が重用された感がありますが、これは小森会長のご厚意による賜物として、深く感謝すべきことでした。また、その期待に総力をあげてこたえた楽友三田会の健闘も歴史に残る快挙だったといえましょう。残念ながら、28期以降の卒業生の出演はなかったものの、75歳(1期)から27期まで多数の三田会員が結集して激しい練習に挑戦し、見事、所期の目標を達成したことは称賛に値します。

殊に、1ヵ月後に定期演奏会を控えながらも、巧みにスケジュールを調整して練習に励んだ楽友三田会合唱団員のご苦労は大変な事だったと思います。また、当演奏会運営委員の一人として激務をこなした楽友三田会長・清水康昭君(12期)の貢献も忘れることはできません。こうした一人びとりの、母校と楽友会と音楽に対する深い熱情が、このコンサートを成功に導いた、真の原動力であったと思われます。


みんな一緒に「若き血」燃やしてフィナーレ (クリックで拡大)

フィナーレを告げる「若き血ラプソディー」を歌い終わり、満員の聴衆から万雷の拍手がわきおこった時、ステージ上で何人もの人がソット目頭をぬぐっていました。司会の宮本隆治氏は「4時間に及ぶイヴェントは、NHKの紅白歌合戦以来のこと」と語りましたが、楽友三田会出演者にとっては、それ以上に思い出の残る、感動的なコンサートであったことでしょう。


創立150年記念式典

●  創立150年記念式典11月8日/土曜:式典前後のプログラムを含め正午前から17時頃迄/日吉キャンパス陸上競技場/出演人員:大学楽友会62名および1期から26期までの楽友三田会員57名で、総勢119名


式典全景(合唱団は特設ステージの屋根に隠れていますが、その後方で6段に並んでいます)

  これは塾当局が主催した最大の公式イヴェントで、幼稚舎生から全塾員を含めた社中一致の行事として、約8,300名の出席者が見守る中、俳優・石坂浩二(66年卒)とフジテレビ・アナウンサー遠藤玲子(05年卒)両氏の司会で盛大に挙行されました。


グライダーと飛行船が上空を記念飛行しました

  楽友会は「式典前プログラム」で藤岡幸夫(85年卒)氏指揮するワグネル・オーケストラおよびワグネル男声・女声合唱団の約200人と共に、堀口大学作詞・団伊玖磨作曲の「慶應義塾祝典曲」を歌い、「式典」では「塾歌」斉唱に唱和しました。

  この「祝典曲」は創立100周年の時に、200周年でも歌える曲として作曲されたもので、今回は歌詞の一部を150年に替えて歌ったものです。楽友三田会メンバーの中には、100周年・125周年で歌った経験者もいたようです。今回の晴れ舞台は、日吉の陸上競技場横に新築された協生会館前の特設ステージ。天皇・皇后両陛下はご退席の際、そのすぐ傍にいた合唱団に向かってにこやかに手を振られ、これで「寒さも疲れも吹き飛んだ」という女声陣の声もあった、ということです。


来賓退席お見送りの情景(合唱団席からの全景)


両陛下をお見送りする女声陣(1)
2カットあります。面白いので拡大して見比べてください
⇒ 上の写真の拡大 似ていて非なる 拡大写真


同(2) 女声側に通路があったので男声陣の写真はありません
2カットあります。これも面白いので拡大して見比べてください
⇒ 上の写真の拡大  似ていて非なる 拡大写真

  当日はあいにくの雨天でしたが、小雨のため式典は予定通り野外で挙行され、参会者全員にレインコートとブランケット、それに使い捨てカイロが配られました。さすが「慶應の配慮」と好評でした。一方、合唱団の演奏風景が見えにくかったことは、会場設営の関係でやむを得なかったこととはいえ、残念に思った人も少なからずいたようです。

とはいえ、この式典に実行委員として参画した竹中一夫君(17期)の大活躍は、楽友会のプレスティージを一段と高めてくれることになりました。特記して顕彰の意を表します。なお、この式典は日吉会場から、三田、湘南藤沢、大阪のキャンパスにも同時中継され、約4,300人もの人々が祭典の輪に加わった、ということです。


編集部:天皇陛下のお言葉は新聞社などの報道には配布されました。本サイト編集助手の後輩がジャーナリストで、「お言葉」を私のところに送ってくれました。私が作成する彼のページにリンクを張らさせていただきます。(わかやま・12/22)「天皇陛下のおことば」


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