記念資料集定演プログラムから)

 

創立20周年

「第17回定期演奏会」プログラムから

1968年12月6日/於:渋谷公会堂

 

 



ごあいさつ


慶應義塾塾長(1965〜1969) 永沢 邦男

今宵、多数の方々が慶應義塾大学混声合唱団楽友会の第17回定期演奏会にご参会いただき、厚く御礼申しあげます。

混声合唱団楽友会は昭和23年に音楽愛好会として発足し、今年はやくも創設満20周年を迎えるにいたりました。その間いろいろな障害も伴いましたが、一貫して西欧クラシック音楽の源流である宗教音楽を中心とする合唱活動を続け、現在百余名の会員を擁し、塾内唯一の混声合唱団としてユニークな存在となっております。

全会員は、学生合唱団としての誇りをもつとともに責任を感じ、日夜厳しい練習を重ね、クラシック音楽の神髄の発揮に打ち込んでおります。今宵の演奏会はこうした成果の結晶といえましょう。

楽友会の今後の発展を期し、皆様の温かいご支援が与えられることを、衷心から望むものであります。


指揮にあたって

岡田 忠彦

昭和23年、慶應義塾高等学校に音楽愛好会が発足し、やがて慶應義塾楽友会へと発展。ここに創立以来、満20年の歩みを閲して、第17回定期演奏会を迎えました。

創立当時の最大の演奏曲といえばハイドンの「天地創造」でした。以来バッハ、ヘンデル、モーツァルト、ベートーヴェン、ケルビーニ、シューベルト、シューマン、ブラームス等々幾多の名曲、大曲、また本邦初演ものを手がけて、満20周年の今回、再びハイドンへと帰って参りました。

今宵御来聴者の中には、昔「天地創造」を演奏した先輩諸氏、そしてそれをお聞き下さった方々も何人かお見えのことと思います。 今夜出演して下さる志賀さんは、その時もソリストとして出演して下さいました。
あの時の深い感激を、再びこの「テレジア・ミサ」において、再現でき得れば幸いと存じます。そして20年昔の大先輩と現役の学生が、このハイドンを通して、喜びの中に固く結ばれるならば、よりすばらしい楽友会の未来が開けていくことでしょう。


ハイドンのミサ曲をめぐって

中野 博詞


パパ・ハイドン
慶應義塾楽友会の定期演奏会に、今年もハイドンのミサ曲が登場する。音楽愛好会時代の<天地創造>と<四季>、楽友会に成長してからの<太鼓ミサ>、そして今年の<テレジア・ミサ>。岡田忠彦先生の指揮のもとに、楽友会が手がけたハイドンの宗教音楽はなんと数多いことだろう。これほど多くのハイドン作品をレパートリーにもつ合唱団は、わが国では他にあるまい。日本では、ハイドンの声楽作品はまったく未開拓の分野なのである。しかし、ヨーロッパの街々をたずねる者は、ミサの儀式に、演奏会に、そしてオペラ劇場に、あまりに多くのハイドン作品がとりあげられている事実に驚きの目を見はるにちがいない。実は交響曲の父、弦楽四重奏曲の完成者として、音楽史にさんぜんと輝くヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)は、古典派時代(18世紀中葉から19世紀初頭)を代表する優れた声楽作曲家でもあるのだ。

ハイドンの作品目録をひもといてみると、宗教音楽、オペラから民謡編曲にいたる、当時のあらゆる声楽の楽種にのこされた莫大な数にのぼる作品群がうかびあがってくる。

音楽学者と演奏家の協力が生みだした、ヨーロッパにおける近年の輝かしいハイドン音楽の復興は、長い間謎に包まれていた声楽作曲家ハイドンの真価を現代に再現しつつある。なかでも、ひときわ注目を集めているのが宗教音楽の分野である。現存する13曲のミサ曲は、いまや教会音楽にとって欠くことのできないレパートリーになっている。二大オラトリオ<天地創造>と<四季>はもとより、数々の声楽作品と並んで、宗教的目的のために書かれた器楽作品までも、演奏会に登場するほどである。ハイドン学者たちも、宗教音楽がハイドンの最も得意とした分野の一つである、との見解で一致している。

二大オラトリオと六大ミサ曲が晩年の創作活動をしめくくると同様、ハイドンの音楽生活が教会音楽から出発している事実は興味深い。少年ハイドンの音楽修業は、ハインブルクで学校長兼教会音楽家として活躍していた叔父フランクのもとで始まる。「すでに6歳で若干のミサ曲を完全に歌いこなせた」とハイドンが述懐しているように、ハイドンがたずさわった音楽は何よりもまず教会音楽の領域であった。やがて、シュテファン寺院の合唱童児としてウィーンに登場する。8歳から17歳にいたる合唱童児の生活は、さまざまな逸話に彩られているが、「私の時代にウィーンで演奏されていた、最も優れた作品を聴いた」とのハイドンの言葉が注目される。

イタリア音楽の伝統のうえに、ウィーン独自の宗教音楽を開発していったカルダーラ、フックス、ロイターなどの作品。さらに、古い宗教音楽遺産への深い造詣が、後年のハイドン音楽の発展に重要な役割を果たしていることを忘れてはならない。既に合唱童児時代に、ハイドンが宗教音楽の作曲を試みていたことの逸話は、広く知られている。しかし、作曲年代が確定あるいは推定できる現存する最初の作品も、また宗教音楽なのである。実に最初の交響曲のおよそ8年前、弦楽四重奏曲の約6年前にあたる1749年あるいは1750年頃に、すでに<ミサ・ブレヴィス・ヘ長調>が作曲されていたのである。

作曲家が自己の芸術意欲にしたがって、自発的に創作するベートーヴェン以降とはことなって、一般に注文に応じて作曲する古典派時代に生きたハイドンは、宗教音楽のさまざまな分野に手をそめている。しかし、ハイドンの宗教音楽の中核をなす楽種として、オラトリオとならんで、巨匠がもっとも得意としたミサ曲がひときわ異彩をはなっている。
 

教会における大がかりなオーケストラの使用を禁止した、1783年の皇帝ヨーゼフ2世の宗教禁令が、ハイドンのミサ創作に13年の空白期間をうみだしたとはいえ、13曲のミサ曲のうちに、ハイドン宗教音楽の様式変換の足どりを、もっとも明白にあとづけることができる。作曲活動を開始する1749年頃から、円熟期にさしかかる1782年にかけて、ハイドンは4曲のミサ・ブレヴィスと3曲のミサ・ソレムニスをのこしている。

これ等の作品は、当時ウィーンで愛好されていたイタリア教会音楽に根ざす単純明快な様式に発し、バロックの対位法的書法をはじめとする様ざまな様式を吸収しながら、独自のミサ曲をきずきあげてゆく、変化にとむハイドンの意欲的態度をものがたっている。

現存する106曲の交響曲をすでに書きあげた1796年から、ハイドンが70歳を迎える1802年にいたる晩年の7年間に、ハイドン教会音楽の頂点をかたちづくるミサ・ソレムニスの傑作群が誕生する。


皇帝 ヨーゼフ II

宗教音楽に特別の関心をしめしたニコラウス・エステルハージ2世の要請のもとに作曲されたと伝えられる6曲は、それぞれ<太鼓ミサ>、<ハイリッヒ(神聖な)・ミサ>、<ネルソン・ミサ>、<テレジア・ミサ>、<天地創造ミサ>、<ハルモニー(吹奏楽)・ミサ>の愛称でしたしまれている。

ここでは、晩年のハイドン音楽を特色づける、バロック時代と古典派時代の作曲技法を一体化した円熟した手法で、神への信頼にみちた敬虔な祈りが高らかに歌われる。交響曲の完成者にふさわしい緻密なオーケストラ書法、器楽的性格をも加味した声楽パート、魅力にあふれる多彩な旋律など、晩年のハイドンにして初めてなしえた至高の音楽がくりひろげられる。

晩年の六大ミサ曲が、それぞれ固有の味わいをもっていることはいうまでもない。なかでも<テレジア・ミサ>の名称で呼ばれる<ミサ・変ロ長調>は、宗教音楽に要求される厳粛さとハイドン音楽をつらぬく輝かしい喜びが、完成された作曲技法で見事に止揚された作品として、また晩年の6曲のミサ曲のなかでもっとも美しい作品として、ひときわ高く評価されている。 クラリネット2、トランペット(クラリーノ)2、ティンパニー1対、弦楽合奏、オルガン、4人の独唱者、混声合唱の特異な編成をとる<テレジア・ミサ>については、自筆楽譜から、ハイドンが67歳となる1799年の作であることが実証される以外は、初演や作曲の目的についても、すべて謎につつまれている。<テレジア>の愛称についても、憶説の域をでない。ハイドン学者たちが様ざまな推論をこころみているが、伝統的には、歴史上有名なマリア・テレジア王女とは別人の、皇帝フランツ2世の王妃マリア・テレジアと結びつけられている。

作曲の動機や愛称の由来はともかく、<テレジア・ミサ>に接するものは、古典派時代に77年の音楽的生涯をおくったハイドンが、最後にたどりついた深遠な境地を、実感するにちがいない。1965年の初夏のある祝日、ミュンヘンのフラウエン教会のミサに参列したおり、<テレジア・ミサ>を演奏しおえた老音楽家が筆者に語った言葉がいまでも忘れられない。「ハイドンのミサ曲は、音楽的にすぐれているばかりではない。典礼にじつによく適合するのだ」と。

    


[編集部注] 
@ 「ハイドンのミサ曲」の解説者・中野 博司さんは、塾高生当時から楽友会(当時は音楽愛好会)に在籍したOB(2期)で、卒業後は塾文学部哲学科(美学)で教授を務める一方、第7代楽友会会長(1983〜1996)として会の発展に大いに寄与された方です。本文冒頭にあるように、高校生時代にハイドンの多くの宗教音楽に接したことが機縁となりハイドン音楽に没頭。この上掲文寄稿時には既に「ハイドン学者」として日本を代表する第一人者として知られ、後にドイツ・ケルンの「ハイドン研究所」理事に招聘された程の碩学でいらっしゃいました(残念ながら2012年12月14日、享年78歳で肺炎のため他界されました)。ハイドンは「交響曲の父」として有名で、その分野に関する書籍は多々あるものの「教会・宗教音楽」に関する書は無きに等しく、その意味で上掲は短文とはいえ、特に日本では、極めて貴重な論考なので、ここに再掲させて頂きました。

A 当日のプログラムは、第1部が学生指揮者・日高好男君の指揮するブラームスの「愛の歌」から11曲。第2部が外部プロの小鍛冶邦宏氏指揮による清水脩作曲・薮田義雄作詞の「焔の歌」4曲。そしてメイン・ステージが岡田先生指揮によるハイドンの「テレジア・ミサ」全曲でした。

B 当日の出演者は合唱がソプラノ:21名/アルト:27名/テノール:28名/バス:28名で合計104名、それに指揮者が上述の3名とプロのソリスト4名、それにピアノ伴奏者が3名と日本室内交響楽団の団員多数の皆さんでした。

C この記念演奏会の主要スタッフは次の各位: 会長:小竹 豊治先生/常任指揮者:若杉弘/顧問指揮者:岡田忠彦先生/幹事長:高山信男/副幹事長:大河原稔子/渉外:井尾雄二・三門康男/会計:三宅仁・木村まどか/庶務:岸本征夫・吉田松代/学生指揮者:日高好男・深沢彰彦・川村和男               

(2015年1月16日/オザサ)


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