追悼文集

麻生秀子先生さようなら

 荒井(沖山)惠里子
高19期)


高校楽友会OBOG会 2013

あまりにも突然に、麻生先生の訃報を聞きました。

半年前に、絵画の個展のご案内をいただき、銀座の画廊に家族で伺ったばかりです。いつものようにお菓子を出していただき、しばし楽しく歓談のときを持ちました。まさか、それが最後になってしまうとは。

麻生先生との出会いは女子高に入学してすぐ、担任の先生としてでした。先生は英語のご担当で、とにかくたくさん派生語を覚えさせられる授業でした。中学まで派生語なんて聞いたこともなかった私にとって覚える量が多くて大変でした。英語がわからなくて質問に行くと、「あらそう?どうしてわからないのかしら?もっと勉強してよ。うふふ〜」とかわされてしまいました。

1年生の十月祭(文化祭)の前夜祭では、各クラスで演劇をやるのですが、私たちのクラスは「太陽にほえろ」をやることになりました。刑事ものですから署長室のシーンで、背景に胸像が必要、ということになり、麻生先生に「胸像役で出てください」とお願いに行ったところ、なんと承諾してくださり、ドーランで顔を緑に塗った上に、胸から下は箱に入って数分間ジッとしている、という役を見事に演じてくださいました。
 

楽友会の部長先生として、毎年の合宿に引率していらしてくださいました。当時は今と違っていろいろ悪さをする生徒もいました。女子高の中でも塾高と一緒に合宿をする部だということで、年頃の男女がいるわけですからさまざまな気苦労があったのではないかと思います。合宿の前後には岡田忠彦先生とも打ち合わせをして、事故なく、有意義な合宿になるようにサポートしてくださいました。

最近になって「忠友会」の活動が始まってからは、会合にも出席してくださり、ここでもニコニコと笑顔でいらっしゃいました。

 
麻生先生はご定年が近くなると趣味の絵画を再開されていたようです。12〜3年前に私が息子を連れて習い事に行っていたカルチャーセンターで、麻生先生とバッタリお会いしました。そのときは、「風景画を描いていたけれどいまは人物画を習っているの」とおっしゃっていました。その後、個展のご案内などをいただくようになり、また、先生のお孫さんと我が家の子供たちが同じ小学校だった関係で、運動会でもお会いするなど親しく年賀状のやりとりなどもさせていただいておりました。お嬢さんのお仕事が忙しいので、「私が全部ごはんのしたくしているのよ〜うふふ」とお忙しくも充実した日々を送っていらっしゃるようすがわかりました。

いつお会いしてもニコニコと笑っていらしたので、まさか2年も前から病魔に襲われていらしたとは夢にも思いませんでした。本年5月の個展では、ヨーロッパスケッチ旅行の際の絵画や、また日本画を思わせるものなど、とても繊細で麻生先生らしい優しいタッチの作品の数々を拝見しました。先生はおそらくはご自分の余命をご存じで、作品を通して画廊にいらした方々とお別れをされていたのかもしれません。

 


撮影: 大澤百合

先に亡くなったご主人がカトリックでしたので、麻生先生も亡くなる数日前にカトリックの洗礼を受けられたそうです。今頃はご主人とご一緒に神様のみもとに帰られて、安らかに絵を描いていらっしゃることでしょう。

麻生先生!うるさくて、デキの悪い私たち(元)女子高生も、おかげさまでちゃんと成長し、社会で、家庭で立派に活躍しています。どうぞ岡田先生とともにお空から見守っていてください。そしてまたいつかお会いできたときには、「あら〜久しぶりね〜うふふ」とお声をかけてくださいね。さようなら。

(2017/11/19・高校19期 荒井(沖山)惠里子)

  


編集部より 11月10日の夜、荒井さんがFacebook高校楽友会に先生のご訃報第一報を伝えてくれました。後日、麻生先生の追悼文をあらためて荒井さんにお願いしました。あっという間に原稿が送られてきました。私は4年前に高校楽友会OB/OG会で一度お会いしたきりでした。安らかにお眠りください。(2017/11/19・わか)