追悼文集

野本陽一君を悼む

三戸義昭(7期)

7 期同期の野本陽一君が 8 月 2 9 日に亡くなられました 。

彼は44年11期にわたり埼玉県会議員として活躍し、県議会議長、自民党県連 副会長、幹事長を歴任し、県議会の重鎮でありました。県政に詳しい私の友人は「政財界に顔が広く、中央官庁とのパイプも持ち、自民党として大きな痛手」 と言っていました。

塾高の音楽愛好会(楽友会の前身)に入部した時が彼との初対面。中学時代は野球をやっていたスポーツマンで快活な男というのが印象でした 。

はっきりした物言いに似合わず、心根の優しいロマンチストでした。映画を観て涙が止まらず、映画館から出られなくなったとの逸話もあります。

5期の斎藤成八郎さん、故福井幾さん、6期の故日比野隆哉さん達と本格的に音楽の勉強をしていました 。モーツアルトの「弦楽5重奏ト短調」や、当時はあまり知られてなかったマーラーの「さすらう若人の歌」がお気に入りでした。

大学3年の時、お互いに学生指揮者に選ばれ、すでに指揮者の道に進まれていた1期の故伴有雄さんに指揮のイロハから教えていただきました。二人して汗をかきかき悪戦苦闘したこと、懐かしく想い出します。

よく酒も飲みました。同期の故佐野康夫君のお宅に皆で泊めてもらったことも度々ありました。夏には大磯の私の家にもよく遊びに来てくれました。海なし県の埼玉育ちのためか泳ぎは苦手。すぐに海から上がり両切りのピースをうまそうに吸うポーズはなかなかでした。大学卒業後、お互いに忙しく疎遠になっている時期もありましたが、最近は会える機会も多くなってきました。

9期若山君の肝いりで数年前に始まった、同期の「赤松清君が打つ蕎麦を楽しむ会」にも揃って参加しています。2年ほど前に軽い脳梗塞を発症していたことも、その会で知りました。いつもの口調で、その時の情況を面白おかしく語ってくれました。座の盛り上げ方は 「さすが野本!」後遺症もなしとのことで一同安心しました。今年の1月の「赤松蕎麦の会」と楽友三田会新年会二次会で会ったのが最後となりました。

とても元気だったので、赴報を受けたときは「まさか!」というのが実感です。7期では既に佐野康夫君が、そして今度は彼があの世へ旅立ちまし た。天国で二人は旧交を温めていることと思います。いつかは私も仲間に入ることになるわけです。あの世でまた昔のように「アノヨー」なんて言いながら酒を酌み交わしたいものだと思っています。楽しみに待っていてください。ご冥福をお祈りしています。合掌

7期 三戸義昭(2020/9/4)

  


編集部付記 思いもよらない野本さんの訃報(8月29日午前死去、享年81歳)が、三戸さんと赤松さんから8月30日に届きました。口の悪い人は長生きすると思っていたのに、今日もまだボーっとしています。

大学に進学する時、政治学科を希望されました。何故か?その答えは「俺は政治ゴロになるんだ」でした。

(2020/9/4・かっぱ)


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