こう書くと変な奴だと思われるだろうが、私は子どもの頃から動物の鳴き声をまねるのが好きで、散歩の途中、周りに人さえいなければ、相手に合わせて会話?を楽しむことを常とする。うまくいけば、例えば「雀のお宿」で囀りまくる雀の合唱の仲間に入れてもらえる。
下手な「ピーチク」だとピタッと合唱が止み、雀たちは一斉に飛び散ってしまう。あるいはカラスたちが下品な大声で喚きあっているとする。私はそれが大嫌いだ。だから同じような声音で2,3回喚き返す。するとさすがに己の非を悟ってか、すぐに鳴きやんで遠ざかってくれる。
毎年春にはもっと利用価値が増す。ご存知のように、その時期の猫族は実にやかましい。雄猫たちが雌猫を囲んで壮絶な争いを展開する。その陰にこもった長い唸り声や、時折爆発する「ギャオー」という怒声、それにつづく騒音が安眠を妨害すること甚だしい。そういう時にはシェパードのような声色で「ウォー・ゥワーン」と吠えて威嚇する。すると、すぐに静けさが戻って安眠できる・・・。
閑話休題:ところで先ほどの猫だが、私の親愛の情こもる「ミャーオ」をどう誤解したのか急に背中をすぼめ、顔を突き出し、牙をむいて「シャー」という唸り声を発し、後ずさりしつつ反撃の身構えをしようとした。が、そこに後退の余地はなく、アッという間に脚を踏み外して大横川に転落してしまった。

幸いというか、案外に泳ぎは達者なようで、巧みに猫かきして岸壁に近づく。だがその壁は水面とほぼ直角に立っており、しかもその壁面にはつかまりどころも足掛かりもない。鋭い爪を立ててほんのチョットの間、壁にとりつくことはできても、這い上がるのはムリ。干潮時だったから元いた場所までは2m近くも登らなければならないからだ。
いくらもがいても、うまくいかずにすぐボチャン。やむなく約20m泳いで対岸を目指すが、そこも同じような造りになっているから上がれない。ボチャン・ボチャンと行ったり来たりを繰り返すのみ。もちろん私の手は川面に届かない。流れに乗って100mほど先に進めば、もう少し何とかなりそうな場所があるのだが、この猫どういうわけか流れに逆らってジタバタするばかりで一向にそちらに向かわない。このままではやがて力尽きて溺死するばかりだろう。それはあまりにかわいそう。私が通ったことに原因があると思えば、とても見捨ててはおけない・・・。
<でも、どうしたらいいんだ。川に入る?水深はかなりあるぞ。泳ぐ?まさか!誰かの手を借りる?救急車を呼ぶ?バカと思われるだけだ。どうしたらいいんだ。落ち着け。あの猫を引き上げる綱か網か棒があればいいのだが・・・そうだ!公園に枯れ木が落ちているかもしれない。まだしばらくは大丈夫そうだ。それを拾って来よう!>
そこで公園の林を探し歩いたら、運よく枯れ枝の山が見つかった。夏の初めに剪定した大樹の枝を、そのまま集積しておいたものだろう。そこで3m程の枯れ枝を抜き出し、先端部分を猫がつかまりやすいように折り曲げたりしながら川へと引き返した。挙動不審と思われたのだろう。途中、数人のお巡りさんが「大丈夫かな?」と聞えよがしにささやき交わしながら、足早に追い越して行った。次いで自転車に乗った男の子たちが「その棒で何すんの?」と聞いてきた。そこで「これでね、猫を釣るんだよ」といったら、みんなゲラゲラ笑いながら付いてきた。
現場に戻ると猫ちゃんは、情けなさそうな表情で岸壁にへばりついていた。そこでやおらその長い枯れ枝を差し出すと、必死の形相でそのかぎ状に折り曲げた先端にすがりついてきた。<してやったり>とばかりに枝をゆっくりと引き上げにかかった。うまくいきそうだった!ところがもう少しのところで、先ほどの悪ガキどもが一斉に「ワーイ」と歓声をあげた。ト、それに驚いて猫は手を離して再び転落してしまった!!!
二度、三度、同じことを試みたものの、猫はもうそっぽを向いてその枝に取りつこうとはしない。体をつつくとうるさそうに岸を離れ浮き沈みを始めた。<これはいかん。もう泳ぐ気力も体力もなくなってきたのだ。早く何とかしなきゃ!>と、私はその枝を諦め、先ほどの枯れ枝置き場にとってかえした。
枯れ枝は他にもたくさんあった。そこで今度は梢の先が沢山に枝分かれした、箒のような枝を選んだ。<この枝なら掴まりやすいだろう>。直感的にそう感じて私は再び現場に急行した。<猫よ、溺れるんじゃないぞ。待ってろよ!>祈るような気持ちになっていた。今度は誰にも見とがめられなかった。男の子たちも、もう居なかった。
猫は?居た!半身を水に浸しながら、心細そうに私を見上げた。枯れ枝を水に浸すと、最初はためらっていたが、顔をなぜる梢の先端に遊び心を刺激されたのか、じゃれるようにその枝にとりついてくれた。<しめた!>。始めはそろそろと、そして頃合いを見計らい、思い切って猫を空中に跳ね上げるような形で全体をサッと引き上げた。すると猫もあうんの呼吸よろしく跳ね飛び、やんわりと後ろの草地に着地した。
<よし!これでいい!>。私は心の中で快哉を叫び、手や衣服に付いたごみを払い、悠々と柵を乗り越えて歩道に戻り、やっと間近に猫と対面した。猫はもう逃げようとはしなかった。そればかりではなく、居ずまいを正して座り、何かもの言いたげな様子で私を待っていた。だが、そのやせた身体はかすかに震えていた。<そうか。1時間近くも水につかっていたし、きっと寒いんだ>と思ったら、急に憐憫の情が募った。
それまでは<バカな野良猫め。だいたい、人を睨みつけたり、自分の位置も考えずに後ずさりなんかしたりするからいけないんだ。こんなドジ猫、もう放っておこう>と思わないでもなかった。けれどもこうして間近に見ると、その猫はまだ子猫のようで、一寸首をかしげた表情が実に愛らしい!それで全てが分かってきた。
<そうか。この子猫は迷子になったか、捨てられたのだ。そして誰かに見つかり、いじめられた。だから人間不信になっていた。それで私を恐れた。でも危うい命を救われたことは十分に分かっている。だからお礼を言いたいんだ・・・いいんだよ、そんなこと。こちらこそ変な声出してごめんね。きっとビックリしたのだろう。私が悪かった。そうだ。お詫びのしるしにミルクとビスケットを買ってこよう。近所にコンビニがあるから、チョット待っててね>。
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