
冨田勲さん(軽井沢の別荘で。2012年11月。四本淑三氏とのインタビュー記事より)
▼ なぜぼくがこれに興味をもったのか。何よりも冨田勲さん(1932/4〜)という音楽家の存在を身近に感じたからだ。というのは、「楽友」ホームページを始めてから会友諸兄の語らいの中で何回か「同期の仲間」としての冨田さんのお名前を耳にしたし、林光さんや小林亜星さんの著書にもそのことが記されていた。それで冨田さんも塾高の先輩であることを知り、そのお人柄と音楽活動に強い興味がわいた。早速その自伝ともいえる「音の雲―ずっと音の響きにこだわってきた/TOMITA
SOUND CLOUD」(03年NHK出版)を拝読すると、今度はその中でオヤジと親しまれていた会友の故・藤本祐三さんが度々登場し、一方、高校生時代に小舟幸次郎氏に師事しておられた点では、奇しくも5期の神川ときよ・齋藤成八郎・福井幾といった諸君の兄弟子である、ということも分かってきた。そうしてますます親近感が増し、冨田さん関係の膨大な資料や作品群に分け入り、虜となり・・・そうこうする中に、遂にぼくは最新作の「イーハトーヴ交響曲」と「初音ミク」に出会うことになったのである。

イーハトーヴ交響曲(チラシ)
▼ この曲は昨年11月23日の初演、いやその前からたいへんな評判となっていた。「初音ミク」と総勢約300名におよぶ塾のワグネル男声合唱団を始めとする生身の合唱団やシンセサイザー+伝統的楽器群で構成したフル編成の日フィルとの協演、それと名にしおうTOMITA
SOUNDの豊かな音響を楽しもうと、当日の会場(東京オペラシティ)は超満員だった。客層がふだんのクラシックの演奏会と違い、若い人たちの姿でにぎわっていたのが印象的であった。そこにはもちろん「初音ミク」への人気もあるが、「世界のTOMITA」の名声とその音楽への関心の高まりを思わせる興奮があり、感無量であった。それはまさに隔世の感だったからである。
74年に米RCAレコードから“Snowflakes
are Dancing: The newest Sound Debussy”(ドビュッシーの「月の光」のシンセサイザー演奏版)がリリースされた頃の冨田さんのお名前は「知る人ぞ知る」で、日本ではまだ無名に近かった。だがアメリカではその盤が高い評価を得て人気を呼び、その後相次いでムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」、ホルストの組曲「惑星」がリリースされ、欧米のヒットチャートで常に上位を占めるに及んだ。そうして80年代から徐々に、欧米から逆輸入される形で、日本でもその人気と知名度が上昇していったのである。
▼ それと共に冨田さんの作風に、ある変化が生じた。それをご自身は前掲書で「オーケストラへの回帰」と記しておられるが、ぼくは勝手にこれを「日本への回帰と止揚」と読みかえて楽しませて頂いてきた。その代表作は当然のことながら98年初演の「幻想交響組曲絵巻『源氏物語』」と今回の「イーハトーヴ交響曲」であるが、その対照の妙がすばらしい。両者の違いは題名そのものによく現れているが、あえて蛇足を付せば、前者は古来の和楽器や能といった日本の古典的文化を前面に据えた音楽であり、後者は「イーハトーヴ」、つまり宮沢賢治がエスペラント語で表現した「理想郷」を、ヴァーチャル・リアリティとして描いてみせた音楽なのである。「理想郷」は現実の世界とは異次元の「仮想空間」と云ってもいいだろう。だからこそ、そこに3Dイメージの「初音ミク」のような存在がタイトル・ロールとして必要不可欠な存在だったのだ。
コンサート・ホールの空間を、指揮者の指示に合わせて自由自在に跳びまわり、歌いつぐミクの姿を見つめているうちに、僕は<夢か現か>知れぬ不思議な感動にとらわれていた。そして最後にやっと分かった気がした。<ん、これぞ正しく21世紀の“TOMITA
WORLD”なんだ!>と。
■ ちなみに「イーハトーヴ交響曲」全曲の構成は次の通り(*は初音ミクによる独唱がある楽章)。
第1楽章:岩手山の大鷲〈種山ヶ原の牧歌〉
第2楽章:剣舞/「星めぐりの歌」
第3楽章:*「注文の多い料理店」
第4楽章:*「風の又三郎」
第5楽章:*「銀河鉄道の夜」
第6楽章:「雨にも負けず」
第7楽章:*岩手山の大鷲〈種山ヶ原の牧歌〉 |
この演奏会が大好評だったので、その後何回もマスコミやメディアでとりあげられ、話題が話題を呼び、つい最近は全国各地で再演となった。あいにく今回は聞き漏らしたが、もしまた機会があったら何度でも聞きに行きたい。富田さんの音楽は、家のチャチなAV設備ではとてもその全容が再現できないからだ。参考までに再演予告があった最近のWebをご紹介しておこう。富田さんの近況が一目瞭然です(http://columbia.jp/ihatov/)。
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