![]() ![]() |
|
1 指揮者:上岡敏之
正直、来年に予定されている楽友会創立70周年記念演奏会で客演される藤岡幸夫さんと非常に迷ったのですが、私の音楽経験において複数の共演歴がある上岡さんを選びました。 東京藝術大学を卒業後、帝国ホテルのホテルマンという異色のキャリアを経て、ヨーロッパを主な拠点に幅広い活躍ぶりを見せています。私が先述のAldebaranで活動していたときは、栗友会合唱団の一員として新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会に出演させていただける機会が何度かありました。彼は現在、その新日本フィルで音楽監督を2016年から務めています。 やや速めのテンポで進められる音楽の中には色彩豊かな表情付けがされており、何度も聴いたことのあるはずの曲が全く違う装いでもって我々の耳に届く、その体験はちょっと類例を見ないほどです。2017年7月のオルフ「カルミナ・ブラーナ」や2019年3月のマーラー「交響曲第2番『復活』」では、クライマックスに入った瞬間テンポを大胆に変えて疾走感を生み出し、舞台上で歌っていた私も思わず手に汗を握りました。 なお冒頭に述べた新日本フィルの音楽監督のポストからは、2020-2021シーズンをもって任期満了に伴い退任される予定です。一方で彼はドイツ在住のため、コロナ禍以降は未だ日本への渡航が叶わない状況が続いています。この感染拡大が在任期間までに収まったら、再び国内の聴衆を前に素晴らしい音楽を繰り広げてほしいものですね。 2 ピアニスト:アリス=紗良・オット
日本に限らず海外も含めた現役ピアニストの代表格である内田光子さんの存在も素通りしがたく、指揮者に続いてピアニストの項でも大変悩みましたが(優柔不断なのです…)、奇しくも他の3人が60年代・70年代・90年代の生まれという余計なことに気付いてしまった私は、80年代の選抜として若手のホープであるアリスさんをフィーチャーする運びとなりました(内田さんはグラミー賞も複数回受賞されているので、普段クラシックを聴かなくてもご存じの方がいらっしゃるでしょうし)。 とはいえ彼女もまた、今更ここに取り上げなくてもクラシック音楽ファンなら知っている方が大勢いらっしゃるかと思われるほど、今回ご紹介する4名の中では最もワールドワイドに活動している演奏家です。ドイツ人の父と日本人の母を持つ彼女は、ヨーロッパを活動の拠点としながら日本へも度々訪れています。国内でのコンサート開催はもちろん、テレビ番組など各種メディアへの出演もピアニストの中では多いです。「情熱大陸」や「セブンルール」など我々に馴染みのある番組で特集されたこともあるので、ご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。 彼女の凄さは例えば、ベートーヴェンのピアノ・ソナタのアルバムを聴けばもちろん実感できるのですが、そこにカップリングで収録された小品もまた秀逸な出来映えです。とりわけ言わずと知れた、あの超有名曲「エリーゼのために」が今まで聴いたことがない作品のように思えるほどの新鮮味を伴って響いてくる経験は、未だかつてありませんでした。 ところが2019年、彼女は「多発性硬化症」という難病の診断を受けます。現代の医療でも完治は不可能とされているこの病気は、神経が冒されて脳などに異変が起こり記憶障害や手足のしびれ、視力低下などを引き起こします。ピアニストにとってはまさに致命的な症状ですが、彼女に合った治療法と並行させながら演奏活動を今なお続けています。 私自身も、一見すると健常者の方とほぼ違いはないのですが目に見えないハンデを抱えているため、彼女のピアノを聴くと演奏自体の素晴らしさに感銘を受けるのみならず、闘病しながらもピアノを弾き続ける姿勢に希望や勇気が湧いてきます。なお今回取り上げる4名のうち唯一、まだ実演に接したことがありません。コロナ禍が終息した暁には是非、彼女の来日公演に行きたい。それが今、私が抱いている夢の1つです。 3 ヴァイオリニスト:佐藤久成
前項のピアニストからは対照的に、近年(ヴァイオリンソロに限らず)最も実演に接することの多い演奏家が、個性派ヴァイオリニストの佐藤久成(ひさや)さんです。 2017年5月、東京文化会館の小ホールで聴いたチャイコフスキーのピアノ・トリオ《偉大な芸術家の思い出に》が、彼の演奏を初めて耳にした機会です。それ以来コンサートへ足を運ぶといつも、強烈な節回しに度胆を抜かれています。バッハの「シャコンヌ」やゴセックの「ガボット」など、有名な曲でも彼の腕にかかれば全く異なる雰囲気に様変わり。それでいて全体の構成は破綻しておらず、文字通り「魔術師」が弾くヴァイオリンです。弱音はかすれる寸前を限界まで攻めており、今にも消えてしまいそうなほどに繊細を極めています。そうかと思えば次の瞬間には、音の洪水で溺れてしまうのではなかろうかと危機感すら募らせるほどに猛烈な歌の嵐。これでもかとばかりに楽器を響かせて朗々と歌い上げ、まさに息をつく暇もありません。 また彼はロマン派期の作品を中心に、知る人ぞ知るマイナーな音楽家の忘れ去られた曲を発掘し、紹介・初演・レコーディングなどを通してこの21世紀に広めていくことをライフワークとしています。私自身(大したスキルではありませんが)、歌であれ楽器であれ「人前で音楽を披露する際は『何と素晴らしい演奏だろう』と思われるよりも『何と素晴らしい曲だろう』と思われたほうが、演奏家冥利に尽きる」と考えており、それを踏まえると彼の取り組みは大変に意義深く私の目には映るのです。 昨年の自粛期間が明けてから初めて聴きに行ったクラシックの実演は、彼がベートーヴェンの二大ヴァイオリン・ソナタ「スプリング」「クロイツェル」を弾いたリサイタルでした。19世紀の巨匠はこのように皆、目を瞑っても奏者が分かってしまうほど「自分の音色」を濃厚に持っていたのだろう…と(もちろん自分はその時代に生まれていませんが)ノスタルジーに近い感情さえ覚える彼の演奏。私が説明するより実際耳にするほうがよっぽど効果的なので、皆さんも是非スケジュールのご都合が合えば一度は聴いてみていただきたいです。 4 指揮者:太田弦
冒頭でも述べましたが、ここでもう1人だけ紹介させてください。私が札幌西高校に在学中、オーケストラ部の同期として一緒に活動していた、指揮者の太田弦くんです。 彼は地元にいた頃から音楽の才能を発揮しており、部内のパートであったチェロをはじめピアノや作曲(高校時代から作曲家の先生のレッスンへ通っていたとのこと)など、まさに多才でした。自慢ではありませんが、顧問の先生が不在のときに彼が代役でタクトを振った弦楽器セクションの分奏に参加したことがあります。私はヴィオラのパートリーダーを務めていたので彼の右隣すぐ真ん前で楽器を弾いていたのですが、今になって思い返せば未来の巨匠の指揮台デビュー(?)に居合わせたのはとても貴重な経験でした。 高校卒業後、東京藝術大学の指揮科へ入学した彼は学部在学中の2015年、第17回東京国際音楽コンクール〈指揮〉で2位と聴衆賞を受賞したことをきっかけに、クラシックファンの間で知名度が急激に高まりました。2019年からは大阪交響楽団の正指揮者に就任し、定期的に公演をこなしています。余談ですが、指揮科における彼の唯一の同期である松本宗利音(しゅうりひと)さんは大阪出身なのですが、同年から札幌交響楽団の正指揮者になっています。学年に2人しかいない指揮科でお互いの地元にあるプロオケのポストに就くなんて、面白い偶然ですね。 2019年10月、彼が指揮するシベリウス「交響曲第1番」を聴きに行ってきました。そこから遡ること10年前、オーケストラ部に入ってから初めての定期演奏会におけるメインプログラムとして披露された作品です。2・3年生の先輩方が演奏する姿に憧れを抱き、自分も来年・再来年とこのような音楽を奏でられたらと意欲をみなぎらせた青春時代を懐かしみながら、10年という時を経て立派に成長した弦くんをとても誇らしく思いました。また彼は、前述の新日本フィルとも共演歴があります。いつか「指揮:太田弦、オーケストラ:新日本フィルハーモニー交響楽団、合唱:栗友会合唱団」で同じ舞台に上がれたらいいな、と願っています。
(2021/2/1) ■ ■ ■ ■ ■ |
|
![]()
|