リレー随筆コーナー

楽友会と出会ってしまった私


竹澤雅之(33期)


1984年4月、私は大学入学直後の希望と不安の入り混じった気持ちで、大学のオリエンテーションに参加していました。オリエンでは見るものすべてが楽しそうでした。高校時代にバドミントンをやっていた私は、当然にして興味はそちらの方を向いておりましたので、バドミントンサークルの部屋を探して巡っておりました。つまり、(大きな声では言えませんが)「音楽」や「合唱」などのWordは、その時点において私の頭の中になかったのでした。

そんなところで、ある決定的な出来事が起こりました。それは私にとっては事件でした。オリエンの何日目でしょうか…。私は事前にオリエン資料で、あるバドミントンサークルの部屋を確認して一員になるつもりでその部屋に向かいました。ところがどうでしょう?その部屋からは歌?今、思い起こせば先輩の皆様が愛唱歌集の曲を歌われていたのです。私は部屋の間違いを悟り、退室(脱出)しようと試みましたが、ある先輩に腕をつかまれ「まあ、聴いてみてよ?」と座らされました。

音楽はそもそも好きな方で、特に急ぐ用もなかったため、聴かせていただくことにいたしました。この判断が、少し大げさではありますが、その後の人生に少なからず影響をもたらしたと思っております。その時に聴かせていただいた曲は、バッハのモテット6番「Lobet den Herrn ,alle Heiden」でした。生のポリフォニックな音楽に然程触れたことのなかった私にとっては、それは全身鳥肌が立つほどの驚きに近いものでした。このような曲をこのように歌えたら、どんなに素敵だろう…、そう思って茫然としておりました。演奏が終わって、しばらく座ったままだった記憶があります。そのあとは、そのまま催眠術にかけられたように何の抵抗もせずに、静かに楽友会の集団の中に連れていかれたのでした。

このようにして楽友会の一員となった私は、一生懸命歌いました。楽友会では、初めて合唱の基本をたくさん教えていただき、現在持っている素地が出来上がったのです。

楽友会を卒団して社会人となって田舎の群馬にいた私は、歌を続けたいという思いから地元で歌える場所を探していました。しかしながら、なかなか楽友会に代わる場所に巡りつくことはできず、日々の繁忙の中で歌うことを少しずつ忘れていってしまいました。地元のコーラス団体で童謡からオペレッタまで歌う機会がありましたが、楽友会で経験したミサ曲などの教会音楽を歌いたいという気持ちが叶えられないまま、離れていったのでしょうか。

子供も手がかからなくなり、ふと思い出したように教会音楽に触れてみたいと、また場所探しを再開しました。時の流れの中で気がついていなかったのですが、地元に芸術学校なるものができており、付属で合唱団が結成されていることがわかりました。飯守泰次郎先生の指揮で毎年演奏会が催されているとのことでした。そこで、二十数年振りにモーツアルトのレクイエム、ブラームスのドイツレクイエムなどを歌うことができました。


おおた混声合唱団の演奏会案内

その後、しばらくはその合唱団で出なくなっていた声を徐々に取り戻していきましたが、そこで強く感じたのは楽友会が歌うことの基本を教えてくれたのだ…ということでした。楽友会で、一生懸命歌っていたあの頃に学んだ発声、楽譜の持ち方、表情の作り方、姿勢などたくさん思い出されて嬉しかったものです。もちろん時代とともにアップデートされているものはありましたが、私にとって歌うことを教えてくれた楽友会を思い出すことも多くなっていきました。

しばらくして、嬉しいことがありました。楽友会31期の細川先輩からカトリック田園調布教会にテノールの応援に来ないか?とお声がけいただき、バッハのカンタータをはじめとした教会音楽に触れる機会を得たことでした。そこで、同期の尾高君とも再会することができました。群馬から通うことになりましたが、その遠さより圧倒的に楽しさが勝り、コロナで活動休止となるまで練習会場に向かう足取りは軽かったのを覚えています。


カトリック田園調布教会 遠景

今年(2022年)の3月、私は少し体調を崩して入院・手術をいたしました。当然、意気消沈です。しかしながら、楽友会の先輩・同輩・後輩からたくさんの励ましのお言葉をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。その頃、さらに私を元気づけてくれる出来事もありました。それは、地元の群馬交響楽団の有志で結成された群馬バロックオーケストラという楽団があるのですが、声楽を担当する高崎バロック合唱団が私の入院の日に活動開始し、この合唱団の主宰の方からお声がけいただいたことです。なんと、この主宰の方はある楽友会OBのお姉様だったのです。楽友会つながりということでお声がけいただけたようです。退院して体力が戻ったら練習参加を約束し、そのとおり現在はバッハのミサ曲ト短調(BWV235)の練習に参加させていただけるようになりました。そろそろ、カトリック田園調布教会の活動にも復帰したいと考えています。

このような私の歌とのふれあいは、私の人生で大変意味のあるものと感じております。あの時、バドミントンサークルに入っていたら、どんな自分がいるのか想像してみることもありますが、歌える自分がいる今、楽友会と出会ってしまったことに感謝して、気持ちを込めてこれからも歌っていきたいと思っております。

バトンは33期の佐藤史章さんにお渡しいたしました。

                             2022年7月8日

    


編集部 あー、爺ちゃんは驚いてます。5日夜11時58分に原稿依頼メールを竹澤君に出しました。今日は8日です。今日の昼前、阿倍元総理が銃殺されて驚いていたところです。今日は一日中驚く日だったのです。そんな日だったのに、

いや、ホントに嬉しいです。ありがとーーー竹澤君。 

竹澤君は群馬なんですね。昔々、1期の伴 有雄さんがドイツから帰って、群響の指揮者になっていたことを思い出しました。伴さ〜ん!

(2022/7/8・かっぱ)

校正係、久保ちゃんから「童謡」が「動揺」になっていると。で、無事修正しました。何度も読み直したのに爺さんは気が付かず。流石、久保ちゃまだねー。(7/9)


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