随筆コーナー


切手収集そして、音楽切手収集再開

 

 

 


阿波田尚(26期)


Facebookで、365日誕生日、命日にその作曲家の切手の投稿も6年目になった。

Facebookの友人に会うと、「あの切手すべて持っているのか?」とよく聞かれる。答えは「投稿のすべて切手は、持っていないが、365日で、切手を持っていない日は、2−3日となっている」である。皆さんから「昔、切手収集していたが、今はやめた」をよく聞く。

そんな私が、切手収集を始めたのは、学校で切手収集が流行っていた1968年でした。1964年頃の切手収集ブームに、兄も収集していたが、中断。そのコレクションを引き継いでスタートしました。その後、社会人になっても、日本郵趣協会の雑誌「郵趣」を愛読していました。一番、切手収集活動していたのは、結婚して、子供が生まれ、合唱はお休みの時期。音楽切手の購入は、海外切手を専門に出張販売していた切手店を知り、当時は、円高で、海外切手に格安感があったので、開始。それなりの量を購入しました。日本郵趣協会の所沢切手分科会にも誘われ、オペラテーマの切手リーフも作成していました。

そんな切手収集も、1999年から2000年発行された「20世紀デザイン切手シリーズ」全17巻、切手10種類1シート(740円)を2年間、購入して、郵政省の切手乱発発行に嫌気をさして、21世紀からは切手収集をしばらく止めていました。

切手再開のきかっけは、2017年11月に友人夫婦と4人で、谷根千(谷中根津千駄木)散策していたら、切手を入れた小さな額の店を見つけて、自分で、小さな額買って、以前集めた音楽切手を額装したら、素敵かなと1つ購入。切手を額装して楽しんでいたら、当時、Facebookを初めていて、同期の廣瀬君が、毎日、今日は何の日の投稿をみて、誕生日・命日の音楽家の切手を365日投稿しようと思いつき、ジャン・シベリスの誕生日2017年12月8日から365日音楽切手投稿をスタート。始めたころは、Wikipediaや365日の音楽関連書籍を調査して、手持ちの音楽切手ストックブックから、関連の作曲家など探す日々を続けていた。途中からは、画像検索で音楽切手をさがして、それを投稿。新しい音楽切手を知るとそれが欲しくなり、ヤフオクで、それを見つけたら、入札。という形で、音楽切手収集の再スタートをしました。増えてしまった音楽切手の整理は、これからです。

最後に、音楽切手から一番のお気に入り切手を紹介します。

歌劇王・ワーグナーの歌劇の場面(ドイツ、1933年)

『タンホイザー』
『さまよえるオランダ人』
『ニーベルングの指環』の
序夜『ラインの黄金』
 

『ニュールンベルグの
マイスターシンガー』
『ニーベルングの指環』の
第1夜『ヴァルキューレ』
『ニーベルングの指環』の
第2夜『ジークフリート』
     

『トリスタンとイゾルデ』
『ローエングリン』
『パルジファル』
 

『ニーベルングの指輪』(Der Ring des Nibelungen)
4つの独立した楽劇からなる連作で、4夜にわたって上演される壮大な作品である。ワーグナー自身の意図は4夜で通しの上演だが、演奏家・聴衆の疲労を考慮し、バイロイトでも最近は2日の休みを入れた6日間で、一般の歌劇場では更に間隔をあけて上演される。実質的には音楽史上最大規模の作品である。ワーグナー自身、本作品群を自らのライフワークと定め、26年間にわたって作曲し続けた。その間に作曲を休止して「トリスタン」「マイスタージンガー」を作曲している。劇内容的には、それを手にした者は世界を支配できるという「ニーベルングの指輪」をめぐり、小人族(ニーベルング)やヴァルハラの神々(ヴォータン)、巨人族(ファーフナー)、英雄ジークフリートが相争うというもの、「ヴァルキューレ」第3幕冒頭における「ワルキューレの騎行」が音楽的に有名。

(2023/6/23)

    


編集部 阿波田君は、毎日、その日が誕生日の、あるいは命日の「作曲家・画家・歌手など有名人の切手」の画像をFacebookに上げています。凄い数になります。珍しい切手を沢山見せてくれます。

今日6月23日は、「麗子像」を描いて有名な岸田劉生(1891-1929)の誕生日ということで、麗子像の切手が紹介されています。

更に、「赤とんぼ」の作詞の三木露風(1889-1964)の誕生日。そこで、下の切手がアップされています。

更にさらに、南野陽子(女優・歌手)の56歳の誕生日だそうです。こんなシートが出されているのです。日本製ではありません。ビックリです。GRENADAって国、どこにあるか知ってますか?

まだあります。昭和新山が、1944年(昭和19年)6月23日、午前8時15分、東九万坪台地より第1次大噴火。第1火口形成した日です。誕生日のある山とは珍しいです。

高校生の時、1958年夏に修学旅行で洞爺湖温泉に泊まり、昭和新山の中腹まで登りました。懐かしや!

(2023/6/23・かっぱ)


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