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30期の堀先輩から、ヨーロッパとの時空を越えてバトンをいただきました。 33期の小島三義です。 楽友会では、日吉責任者、ベースパートリーダーを務めていました。 現在は、名古屋の三の丸界隈に勤務しており、昼休みにはよく息抜きで名古屋城を散歩しております。 |
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学生の頃は、土曜の午後からは、岡忠先生の練習を塾高・日吉小講堂にて、月曜・水曜日(途中、3年生から、火・木曜に変更)の夕方からは、学生指揮による練習を三田の教室でやっていて、よく、日吉から三田に練習に行くときには、「ラーメン二郎」に寄ったり、田町の仲通り商店街でお好み焼きを買ったり、あるいは練習後に、今は無き定食屋の「コパ」に行ったりしてエネルギーを補給していたことを思い出します。
日吉責任者は、32期の小西先輩から受け継ぎ、34期の奈良井君にバトンタッチしましたが、そのおかげで、岡忠先生のお宅には何回もお邪魔して、幹事会や技術委員会の伝達役として、お話しをさせて頂きました。 『N響団友オーケストラに、若き日の岩城宏之くんがティンパニーで出ていたのだよ〜』 と当時の写真を見ながら嬉しそうに話す岡忠先生が忘れられません。 日吉に通った2年間は、音練1では、先輩から合唱も含め色々なことを教えて頂きました。また、日吉のハイツにいた同期の竹澤君、日向寺君、中条君とよく一緒に部屋や日吉のグラウンド(陸上競技場)で「モツレク」「Ständchen(小夜曲)」「見上げてごらん夜の星を」など愛唱歌を合唱したものです。
ドイツのバリトン歌手、Dietrich Fischer-Dieskau(1925-2012)の歌声に感銘を受けたのもこの頃です。
卒業後も、数え切れない位、ミサやレクイエムを歌いましたが、楽友会で培った宗教音楽の経験は、未だに生き続けています。 |
今年は、友人からの出演依頼もあって、10月下旬に二日続けて、フォーレとモーツァルトのレクイエムの演奏会に出ることになりました。
そんな矢先、本当に早すぎる死でしたが、父が演奏会の二か月ほど前に他界してしまいました。そのため、この演奏会が、結果としては、ある意味新鮮な、わが父に捧げるレクイエムになってしまいました。 真剣に取り組んだ分、満足のいく結果となりましたが、これを機にこれまでと違ったレクイエムへの視野が開けました。 こうして、父から私へバトンは渡されましたが、これをどう子孫に受け継いでいくのか、これから答えを示していこうと思っています。 さて、楽友会は、諸先輩から託された様々なバトンをこの先どう受け継いでいくのか。 私も微力ながら、諸先輩と一緒に活動を見守っていきたいと思います。 次は、31期の松本淳一先輩です。(2015/11/22) |
![]() 2日続きのレクイエム |
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