演説館(FORUM)

音程を纏め上げた数学者

内山 正一 


第19世紀の数学者達は「我々も亦芸術家である」と言った。数学者の中には立派なピアニストも、ヴァイオリニストも、オルガニストもいる。その他色々な芸術の愛好者もいる。勿論例外はないわけではない。トドハンターという数学者は数学家として有名であるばかりでなく、あらゆる語学に通じていた天才であったが、音楽については全く能力がなかった。つまり音痴であった。

ピタゴラスと言えば、諸君はピタゴラス定理で馴染深く、いやしくも初等数学を学んだ人で知らない者はなかろう。この人はイオニア(今の小アジア)のサモス島に生まれてエヂプト、バビロニアに留学したと言われている(B.C. 580-500)。ギリシャへ帰ってからはイタリア南部のクロトンに教団を創設して、そこで数学や哲学を講義されていた。ここの数学は算術、幾何学、天文学、音楽の4科目に分かれていた。これが「学ばるべきもの」マテマタであった。数学と言う言葉はこのマテマタに始まったのである。即ちピタゴラスが始めて数学と言う言葉を作ったのである。今日では音楽も天文学も数学の分科ではないが、中世紀の頃まで数学は先の4科目に分かれていたのである。

ピタゴラスは「森羅万象一切は数である」と主張されたと言われている。この思想こそピタゴラス教団の指導精神であった。彼は音楽と数との関係を研究し、楽絲の長さが2:1、3:2、4:3の比をする時が其々オクターヴ、5度、4度の音程に相当することを発見した。天文学も音楽から理解されるもので、遊星は運行によって無音の音楽を奏しているもので、微妙な天上の階調をなすものとされたのである。無論これは一つの空想に過ぎません。

実に現在の音楽理論の第一歩は彼によって踏み出されたので、彼の纏め上げた音程は、その後多くの変化の道を辿って今日国際的規約にまで進んだのである。

「音楽は人間の魂が無意識に数を算えることから起る魂の快楽だ」

ライプニッツ  


(筆者は女子高数学科教員)

出典:「楽友」第2号/51年8月25日発行


7月の編集ノートでわかやまがピタゴラス音律の数理についてページを割いた。オザサ主幹はそれを見て、内山先生の寄稿文を見つけて送ってくれた。昭和26年の「楽友」に掲載されているものである。偶然にもピタゴラスの話が書かれている。主幹は私に「ピタゴラスの話は編集ノートにあるのはもったいない。別のセクションで内山先生の寄稿文とあわせて書き直さないか?」とおっしゃる。このピタゴラス率いるピタゴラス学派はある種の教団であり、哲学、宗教、医学、数学、天文学から音楽に至るまで大きな影響を与えた。

ピタゴラスの定理

直角三角形ABCの各辺の長さをそれぞれx,y,zとしたとき、

2+y2=z2

が成り立つ。3平方の定理ともいう。

先生の稿の最後にライプニッツ(1646-1716)の言葉がある。「知の巨人」と呼ばれたドイツの哲学者・思想家・数学者・自然科学者・法律家で、私にとっては曲線に接線を引く問題から微分の話につながるライプニッツの話を、田島一郎という名物教授が面白く語ってくれた記憶がある。

「なるほど。これも何かの縁だ」・・・内山先生の一文を枕詞にさせていただき、改めて、ちょっとだけ書かせていただくことにした。編集ノートとダブルところがあるかもしれないが、そのつもりでご覧ください。うまく繋がったらうれしいのですが。(わかやまくにひろ・7/22)

ピタゴラスと音の協和性

若山 邦紘(9期)

1.音の協和と不協和

音楽における音の協和については、ピタゴラス学派の実験から始まります。2500年も前の話なのです。おどろきます。そこからピタゴラス音律という概念が形成されています。

ピタゴラスは簡単な一弦の琴を作り、駒を移動させてハモリ(協和)の実験をしたのです。xとyとを同時に弾くのです。

1:1 では同じ音が出ます。これはユニゾンで最も協和します。
1:2 ではオクターブとなります。これも良く協和します。
2:3 では完全5度となります。ドとソです。
3:4 では完全4度です。ドとファです。
4:5 では長3度です。ドとミです。
5:6 では短3度です。ドとミbです。

こんなに簡単な関係の音を出せばハモルのです。複雑な比の音を出すことが要求されているのではありません。ピタゴラス音律では2:3が主役です。

音の正体は物体の振動が空気中に空気圧の疎密の波動が伝わり、耳の鼓膜が空気圧の波動で振動してわれわれは音を感じるのです。

音の協和については物理学と数学の理論が必要ですが、ここでは頭が痛くならないように数式を持ち出した話は省くことにします。このように音の周波数が単純な整数比になるとき、協和音がきこえるのです。美しい響きと感ずるのです。

 

2.ピタゴラス音律・平均律・純正律

ピタゴラス音律

基音を1つきめて、周波数が(3/2)倍になるようにピアノを調律します。基音をEbだとすると、Eb1−Bb1−F2−C3−G3−D4−A4−E5−B5−F#6−C#7−G#7となります。5度間隔の飛び飛びの音です。完全5度進行というわけです。

さて、上記の12音でピアノの鍵盤12鍵の音が決まったわけですから、あとはオクターブの調律でピアノが調律できます。

5度進行で引き続く7音を取り出してみます。例えばF、C、G、D、A、E、Bを取り出し、これを並べ替えると、C、D、E、F、G、A、Bとなり、ハ長調の7音階となります。

@ C長調の音階:C−D−E−G−A−B−C
A D長調の音階:D−E−F#−G−A−B−C#−D
B F長調の音階:F−G−A−Bb−C−D−E−F
C G長調の音階:G−A−B−C−D−E−F#−G
D A長調の音階:A−B−C#−D−E−F#−G#−A
E Bb長調の音階:Bb−C−D−Eb−F−G−A−Bb

は、協和性がすぐれた音程で聞こえて来ます。すべての音が12音の中に存在しているからです。

しかし、Eb長調の音階:Eb−F−G−Ab−Bb−C−D−Eb

でこのピアノを弾くと、Abが生成されていませんから、G#が代用品です。G#はAbより8分の1音高いのです。したがって、音痴の音階に聞こえます。EbとG#、これは気持が悪くなります。ドイツでは「狼音」と呼ばれます。きわめて不快な音程とされています。要するに「調子はずれ」になるのです。

平均律

バッハの時代に鍵盤楽器のための新しい調律法が考案されました。ヴェルクマイスター法やキルンベルガー法などが使われました。部分的に5度の協和性、3度の協和性を重視することを組み合わせたやや複雑な調律法なのです。これらは、ピタゴラス音律を改善する調律法と考えればいいと思います。

後に、協和性を多少犠牲にするが、どんな調の曲でも弾けて転調にも強いことを一義的に考えた平均律が使われるようになりました。

平均律は1オクターブの12個の音の隣合う音の周波数比が、すべて等しくなるように調律するものです。どんなキーの音階を弾いても同じ周波数比になっていますから移調。転調をしても、狼音は起こりません。

平均律が一般的なものとなり、調律技術も「うなり」をカウントして正確に微妙な調律ができるようになったのは、つい19世紀から20世紀のことなのです。

じつは、ピタゴラス音律では半音の周波数比が場所によって等しくないのです。

弦楽器や一部の管楽器の演奏家は微妙な加減によって微妙な周波数の弾き分けが可能です。逆にいえば、このような楽器の音高には自由度があり、100回演奏して同じ音になることはないといわれます。

純正律

アカペラのコーラスをやる人種が日常の話題にしている、協和性を重要視した音律に純正律というのがあります。みなさんは主3和音を知っているでしょう。

トニカ:ド、ミ、ソ   ●ドミナント:ソ、シ、レ   ●サブドミナント:ファ、ラ、ド

これらの3つの重要な和音が完全に協和するように、周波数比を4:5:6に決めることが可能です。しかし、長音階和音は協和しても短音階和音は協和しないという欠点があります。長音階ハーモニーの「ソシレ」の「レ」を、短音階のハーモニー「レファラ」の「レ」は同じではありません。そのため「レファラ」を鳴らすと感度のよい人は耐えられないほどです。

純正律を信奉する音楽家も少なくありません。ベートーベンは純正律で調律されたピアノで作曲したと言われています。平均律のピアノで演奏してもベートーベンにならないと主張する人もいます。

 

3.歌手はどうすればよいのだ?

人間の声はピアノと違ってアナログです。連続的に調節がききます。旋律を重視するソロではピタゴラス音律に従い、コーラスで和音を重要視するときは純正律に従うのがよいということになりそうです。ですから、ユニゾンとハモリでは音程が違ってくるのです。これは調律の計算というよりは感覚の問題で、すでに音響心理学の分野です。

歌手は意識するしないに関わらず、心地よい歌を唄う歌手はそうやって歌っているはずです。

しかし、多くの人がピアノの鍵盤を一音、一音叩いて音を覚えるようです。ピアノの音で音程をとるのは生理的に好きでない人が多いといいます。旋律の中で、あるいは、ハーモニーの中で音をとりたいという人種です。探ってみて一番気持の高まるところを狙うのです。これが、ピアノの音とは一致しないことを肌で感じているのです。

ほとんど完全なピタゴラス音律に従うためには、オクターブに最低53鍵が必要になります。オクターブの53等分がよいというのは、何と古代中国(BC 50頃)で発見されているのです。こんなピアノは物理的に作っても演奏できません。CとDの間に黒鍵が7個、EとFの間には3個あるというピアノです。第一、ピアノの中に弦を張るスペースさえありません。電子ピアノなら可能です。弾いてみたら面白かろうと思います。

しかし、旋律やハーモニーによって、自動的に周波数を選択できる電子楽器の設計は不可能ではありません。これを実現するには音楽学はもとより、電子工学、情報科学、知識工学の基礎知識が最低限必要です。ヤマハあたりが作るかもしれません。最新では、ヤマハのHarmony Director 200というキーボードがあります。純正律はもちろん、その他の調律が電子的に可能ですが、自動的に機能するものではありません。ソフト技術がこれを可能にしてくれるような気がします。

1人でカラオケで歌っているような人たちには上の話は無縁です。しかし、合唱団の人達の間では非常な関心事になるのです。

ハモリとは奥が深いものです。冒頭にも述べたように2500年の歴史があります。こんなこと考えてはくたびれるのです。ここに書いたのは、ほんの玄関先の話です。

各種の音楽事典が出ています。例えば"dtv-Atlas zur Musik"(角倉一朗監訳「図解音楽事典」白水社)は面白いです。

最後に、内山先生が書かれた大元のピタゴラスの言を紹介しておきます。

「弦の響きには幾何学があり、天空の配置には音楽がある」

ピタゴラス