演説館(FORUM)

ナチスとアイヒマン裁判

 
末続 靖(12期)


東京裁判は日本人が裁くべきだったが、ハイデガーの愛弟子だった哲学者のハンナ・アーレント(ドイツ出身のユダヤ人哲学者)が、アイヒマン裁判について同じような台詞を言っている。彼女は、「アイヒマン裁判」はこうした教訓を伝えることでシオニズムのイデオロギーを語る舞台としてのショーの役割をになわされた。本当は「イスラエルでなくドイツが裁かなければならなかったのに、イスラエルに盗まれた」と批判した。


Hanna Arendt(1906-1975)

ただこんな事を言ったおかげで、ハンナ・アーレントは、ユダヤ人からもドイツ人からも批判と攻撃を受け、アメリカへ逃げる事となった。(2015/7記)

  

今週、近くの大田区洗足池図書館で、彼女の著作を見つけて読みなおしてみました。

何せ「哲学」の本で少々難儀しましたが、まあ何とかまとめましたので、参考にお送りします。

「楽友」への投稿でも「SUEの・・」への追記でもありませんが、もし「ユダヤ人とアイヒマン」にご興味が有ったら読んでみてください。

ベトナムから帰ってからは、「池の周りの散歩(約2km)」と「図書館通い」が日課になり、「ただで教養を高める」のと「老化の予防」とにいそしんでいます。(2021/11/12)

 アイヒマン裁判の矛盾 by ハンナ・アーレント  

1.
アイヒマン裁判は、「芝居がかった見世物裁判」だった。
2.
なぜこのような裁判が行われたのか?
3.
なぜユダヤ人が裁いて、ドイツ人が裁かなかったのか?
4.
この裁判について、連合国側の共同責任はないのか?
5.
この裁判は、「反ユダヤ主義」、「人種差別主義」の問題のはずなのに、「ユダヤ人の苦難」が主題となった。
6.
アイヒマンの行為は、「国家行為」であって、「彼の個人による行為」ではなかった。したがって、問われるべきものは「国家行為」であって、個人の罪ではない。
7.
ただ、「法の前」ではともかく、「神の前」では、彼は「有罪」である。
8.
ドイツの「国家行為」が問われるべきであって、他の国には「裁判権」は無い。したがって、イスラエルには「裁判権」は無い。
9.
アイヒマンは、「絶滅=国家行為」に「協力」したのみである。
10.
アイヒマンは、遡及的な法の下で、しかも「勝者の法廷で」裁かれてた。
11.
「アルゼンチンから拉致された」という不法行為は無視されている。
12.
裁判の罪状は、「平和に対する罪」、「戦争犯罪」、「人道に対する罪」となっているが、事実は「勝利者による法廷」であったに過ぎない。
13.
ハーグ条約での「戦争犯罪の定義」では、「兵士と民間人、軍隊と住民の戦い」、「軍事目標以外の非武装都市への侵略(東京大空襲や原爆の投下など)」が、「最高の国際的犯罪」とされているが、アイヒマンの行為はこれには当たらない。
14.
ユダヤ人は、多くの国に分散していて、「国籍とは関係なく、ユダヤ人である」と言うだけで殺されたわけで、これは「戦争」ではなかった。
15.
アイヒマンは、イスラエル人の弁護士の弁護は受けられていない。
16.
「人道に対する罪」は、昔の「海賊行為の罪」と似ていて、アイヒマンの逮捕はこれに合致しない。
17.
アイヒマンの罪は、終戦後15年で「時効」になっているので、彼の逮捕は違法である。
18.
もし「拉致」しか方法が無かったのであれば、「アルゼンチンの路上で殺害」するべきだった。

  

編集部 外部のサイトで「SUEのエッセー」に採録されている「ああ、また腹が立ってきた」の中にあるアイヒマン裁判の記事への関連記事である。

改めて「楽友」のForumに載せました。(2021/11/12・わかやま)


Adolf Eichmann(1906-1962)

投稿者は「音楽に何の関係もない話題だから、読者が嫌がるのでは・・・」とメールを書いてきました。

歴史上の話は、音楽より大切なくらいです。皆さん、知っておいてください、どなたでも、書いて送ってください。「楽友」にはいろいろなコーナーがあり、どんな内容の原稿でも掲載する場所が用意されているのですよ。(11/13 追記)


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