私の手許に1枚のCDがある。「日本の合唱曲」というタイトルで1994年にリリースされたものだが、中身は1967年5月杉並公会堂における日本合唱協会演奏会で若杉さんが指揮をしたものだ。懐かしい清水脩の「月光とピエロ」が入っている。オーケストラの曲を指揮したCDも持っているが、私には、若き日の若杉さんの情熱が感じられる「月光とピエロ」が宝物である。
彼の指揮では歌うことは無かった私だが、一つ自慢にしたいことがある。後の大指揮者若杉さんの伴奏でソロをするという経験をもったことだ。時は1958年の夏、冒頭の写真から1年後のことだ。
この夏、私は、若杉さんから大きなプレゼントを二つも頂いた。一つは指揮者の松原千秋さんの郷土デビュー演奏会のお手伝いでアルバイトをさせてもらったこと。もう一つが、若杉さんが持ってきてくれた合唱曲集「学生王子」の演奏をできたことだ。
夏休みで退屈している私に、斉藤さんからだったか三戸さんからだったか忘れたが、一本の電話が入ってきた。青森県出身の芸大卒業生(松原さん)が、郷土デビュー演奏会で青森県に演奏旅行をする。合唱を女声はビクター女声合唱団、男声は芸大の学生が受けもつがテナーが足りない。お前行かないかというのだ。若杉さんからの話だという。怖いもの知らずでOKの返事をして、練習と本番3回(青森、八戸、田名部)をやった。これが音楽で稼いだ最初の体験だった。今考えてみると松原千秋さんという方は、合唱指揮者では有名で、若杉さんの先輩になるわけだ。

青森演奏旅行
「学生王子」の本番演奏はこの年9月初めの3高校合唱サークル定期演奏会(目黒公会堂)だった。指揮者は私と同期の鈴木光男。夏休みの高校音楽室で若杉さんの弾くピアノで練習した。ロンバーグのミュージカル“The
Student Prince”の抜粋を伊藤榮一が編曲したもので、「セレナーデ」がテノールソロであった。後にロンバーグの代表曲の一つと知ったが、その頃は「きれいな曲だな。本番でGがちゃんと出るかな」と思ったくらいだった。若杉さんのピアノも上手だなと思ったが、本番では故大野洋が弾いたと思うがはっきりしない。この曲は1961年に宇部の演奏会でも取りあげているが、さっぱり記憶にない。やはり、若杉さんの伴奏という最初の練習の印象が強いのである。
というわけで、楽友会の生活のなかで、若杉さんには、随分お世話になった。音楽の楽しさ、幅の広さ、深さを教えて頂いた。留学後の若杉さんの活躍はステージやTV、CDで触れるだけだったが、先輩の活躍は至らぬ後輩には誇りであった。今はただ若杉さんのご冥福を祈るのみである。(2009年8月17日) |